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恐る恐る顔をあげると…里桜さんは意地の悪い顔で笑っていた。
「もういいって。許してあげるよ。ちゃんと言ってくれて、嬉しい。あぁ、あたし、また桜を好きになれるかもしれない!」
言って、彼女は僕の手を取る。変わらずひんやりした手。あの日、握れなかった手。
「だからさ、一緒にいよ?」
彼女の目から、光が消えた。
「10年待ったんだ…やっとこうして話せたんだよ。ねぇ、深見クン。ここにいてよ。」
ぎゅうっと手が握られる。
「え?ちょ、ちょっと里桜さん?痛いってば。」
振りほどけないほど強く強く手を握られる。
「ね、深見クン。いいよね?だって今もあたしのこと、大切に想ってくれてるんだもんね?」
虚ろな目をした彼女がうわ言のように言う。
あぁ、そうか。
僕は唐突に理解する。
10年。そう、10年も経つのだ。
こんなに停滞した僕でさえ、大なり小なり変わったんだ。彼女が変わらないなんて、あるはず無いんだ。
「ね、深見クン。いいよね?だって今もあたしのこと、大切に想ってくれてるんだもんね?」
同じセリフ。ここで僕が頷いたら、どうなってしまうんだろうか?生理的な、あるいは原始的な恐怖を感じる。
それでも。
「…いいよ。僕、里桜さんのそばにいる。ううん、いさせて欲しい。」
どうせこの先、里桜さんを忘れて先に進むことはできない。こんな体験をしたら余計にだ。今の生活だって、惰性と諦めの中で作られてきたもので、惜しむようなものじゃない。
だから僕は頷いた。
「大好きだよ、里桜さん。」
彼女がニタァと嗤い、僕の意識は途切れた。
某県某市の城址公園には、有名な心霊スポットがある。
立ち並ぶ桜の列から少し離れて咲く1本の桜の前、ベンチで花見を楽しむ男女1組の幽霊が出るという。
多くの目撃情報が寄せられる仲睦まじいカップルの幽霊のために、今では毎年お供え物が置かれているそうだ。
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