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沈黙を破ったのは僕の方だった。
「……里桜さんは、幽霊、なの?」
「そう、だね。生きては無いかな。いわゆる地縛霊ってやつ?ここから離れてどっかには行けないんだ。」
寂しそうな横顔。
「皆、だんだん忘れてくみたい。仲良かった友達も、1人、また1人って来なくなるの。まぁ、進学や就職でこっちにいないってのもあるかもしれないけど。」
こちらを見ずにこぼす言葉に、それでも怨みは感じられなかった。ただ、寂しさというか悲しさのような色があるだけ。
片田舎の通り魔事件として当時、結構な騒ぎになったことで、彼女が死んだこの場所には毎年花や団子なんかのお供えが必ず置かれている…はずだった。今はもうそれすらほとんど無くなってしまっている。
「それでも深見クンだけは必ず桜が咲くと来てくれてた。…ありがとね。」
笑顔を浮かべてこちらを向く。
「……僕は地元に残ったからね。それに、実家、すぐ近くなんだ。歩いて来れるんだよ。」
10年ぶりの笑顔が直視できず目を反らしてしまう。きっとこういう所がダメだったんだ。今さらに思う。
「ん。ついででも嬉しいもんだよ。」
そう言って、彼女の視線が僕の手元に移る。ここに来る前に買った缶のチューハイとビール、つまみのお菓子が入ったコンビニ袋。
「それ、もしかしてお酒?二十歳過ぎた頃から1人で飲んでたもんね。」
「あぁ、うん。出店は若い子達がたむろしてて苦手でさ。持ち込みにしてるんだ。」
「飲んでみたい!」
身を乗り出すように食い付いてくる。
「見た目は未成年だけど、10年経ったんだし良いでしょ?結局一生飲まずに終わっちゃったんだからさ、お願い!」
…飲めるのだろうか?
一番にそんな疑問が浮かぶが、今の里桜さんはとても幽霊には見えない。浮いてもないし、足もある。ベンチにも、ちゃんと腰を下ろして座っているように見える。実体があるかのようだ。
「10年目の奇跡っていうのかな、今年のあたしはひと味違うの。見える、触れる、食べられるんだから!」
僕の疑問符が見えたのだろうか、里桜さんがフォローしてくる。
「えっと、じゃ…こっちでどうかな?」
理解はできないけど、そもそもこの状況自体が理解不能だ。そういうものと割り切ることにした。
とりあえず初アルコールということで、甘い缶チューハイを渡す。
里桜さんはちゃんと缶を掴んで受け取り、いそいそと開ける。
僕も缶ビールを取り出して開け、ついでにつまみのスナック菓子も開ける。
「かんぱーい♪」
里桜さんが楽しげに缶を合わせ、一口目。
「お、甘くて美味しい…けど、何か苦味があるね。」
「お酒だからね。」
「…。ジュースを苦くして美味しがるってどうなの?」
「美味しいっていうか、気軽に酔えるから重宝してるんだよ。こっちとか最初苦くて飲めたもんじゃなかったしさ。」
「ビールかぁ…深見クンもすっかり大人だねぇ。ね、一口ちょうだい?試してみたいなー?」
「うぇ!?」
突然の提案に思わずむせる。
それっていわゆる間接キス……いや幽霊相手だけど。こういう人をドギマギさせるところも相変わらずだ。
「い、いいけど、たぶん美味しくないよ?」
努めて冷静を装って答える。
「いいからいいから。」
そう言って彼女は僕の手からビールを奪う。触れた指先がひんやり冷たかった。
「うっわ!にっっがっ!」
奪った缶ビールをあおって顔をしかめる。
「え、お父さんとかこんなん飲んで幸せーとか言ってたの!?大人、すごいわぁ…。」
口直しにスナック菓子を数個放り込んで言う。
「はは、もう少し冷えてれば違うかもね。」
予想通りの展開に思わず笑う。そういえば、こんな風に笑ったのなんて何年ぶりだろうか。それこそ、10年ぶりかもしれない。
僕の心は、あの日から止まったかのように情熱を燃やすこともなければ、心から笑ったり楽しんだりすることもできなくなっていた。そんなことに今更気付く。
「また、こうして里桜さんとここで桜が見れるなんて思わなかったよ。」
缶ビールをもてあそび、ポツリ呟く。
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