遺作

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 大学の授業の「文学創作論」に講師として赤根陣がやってくるまで、彼の作品を読んだことはなかった。本好きだが、どちらかというと古典的な作品が好きで、現代作家に興味はなかったし、その頃の彼はそこまで有名な作家ではなかった。  ただ、興味がなくても、授業に出てきた本は全て読むことにしていたので、手にとってみた。  意外に面白いというのが感想だった。過去の名作に負けないんじゃないかと思った。  その一方で私ならこう書くのに。その気持ちが沸き起こってきた。今までになかった感覚だった。「創作論」を選んでおきながら、書く気持ちのなかった私に初めて生まれた創作欲だった。  そして、赤根先生は初めて私の書くものを認めてくれた人だった。 「君、センスあるよ」 「もっと、色んなものを読んでごらん」  憧れが恋に変わるのに時間はかからなかった。  年が離れていても、先生と生徒の間柄でも、先生は独身だったし、私は大学生。特に気にせず、真っ直ぐぶつかっていった。 「島村さん」という本名を知り、「洋司さん」と名前を呼ぶようになった。  それでも、創作の世界では赤根先生だった。 「玲子、アイデアは新鮮でいいんだ。ただ、そのままじゃ、売れない」 「もっと、僕の本を読み込んでごらん。玲子なら、きっとできる」  喧嘩になることもあった。私は私。好きなように書きたい。  それでも、赤根陣を支えるのは私しかいない。その気持ちが膨らんでいった。
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