猫が死んだ夫の生まれ変わりだと君は信じない

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 翌日、いよいよ明日、名古屋に引っ越す。引越に向けての支度はほぼ終えた。  航は考えた。まだ時間はある。もうここに戻って来る事はないだろうから、最後にここで少し思い出を作っておこうかな? 「ちょっと出かけてくるね」  航は出かける事にした。この近くには山道があり、週末はここの近くで遊んだ。 「気を付けてね」  航は家を出て、山道に向かった。外は春の温かい風が吹いている。遠くではトンビが飛んでいて、時々トンビの鳴き声が聞こえる。のどかな田舎の風景だ。  10分ほど歩いて、航は山道にやって来た。近年、ここには多くの観光客がやって来る。だが今日は静かだ。いつもの山道の風景だ。 「もうこの山道を歩くのも最後か」  航は山道を登り始めた。ここからアスファルトの道は石畳になり、古道の雰囲気になってくる。この先には秘密基地があり、友達と遊んだ。だけど、名古屋に行くともう遊べなくなってしまう。 「寂しいな」  航は途中のベンチに腰掛けた。ここを訪れた観光客はここで一休みするという。この先には険しい峠が待ち構えていて、この峠を越えてきた人がこのベンチで疲れをいやすという。  と、航は横に目をやった。あの野良猫がいる。まさかここで会うとは。航に会いたくてやって来たんだろうか? 「あれ? 来たんだね」  野良猫は少しけがをしている。だが、痛くないんだろう。しっかりとした足取りだ。 「大丈夫?」  航は野良猫の頭を撫でた。野良猫は目を閉じた。うっとりしているようだ。それだけでも心が和む。どうしてだろう。 「なかなかわかってくれないんだよね」  野良猫は寂しそうな表情を見せた。沙羅にわかってもらえないのが辛いようだ。どうして沙羅はわかってくれないんだろうか? 「辛い?」  野良猫はうなずいた。野良猫は泣きそうだ。 「そっか。明日、引っ越しちゃうんだ」  それを聞くと、野良猫はますます寂しそうになった。もう会えなくなってしまうだろう。それまでにわかってほしいのに。できれば、飼ってほしいのに。 「寂しい?」  野良猫は元気がなさそうに鳴いた。それを聞いて、航も泣きそうになった。 「そっか。寂しいか。だけど、新しいお父さんの元で仲良くやっていかないと」  それを聞いて、野良猫は少し怒ったような表情を見せた。まるで沙羅の再婚に反対しているようだ。せっかく結婚したのだから、その愛を一生貫いてほしいと思っているんだろうか? 「怒ってる?」  だが、野良猫は首を横に振った。再婚する沙羅に反対していないようだ。むしろ、応援しているようだ。 「よかった。怒ってないんだね。じゃあ、もう行くね」  航は去っていった。その様子を、野良猫はじっと見ている。明日、引っ越してしまうんだ。最後に航の家に行き、別れを告げにいこう。沙羅に邪魔をされてもいい。僕が優の生まれ変わりだとわかってほしいんだ。  その夜、沙羅と航は夜空の星を見ていた。今日も満天の星空が見える。名古屋でもこの星空をみえるんだろうか? そして、遠い空から優が2人を見ているんだろうか?  沙羅は優と過ごした短い日々を思い出した。あっという間だったけど、とても印象に残っている。恋をして、結婚して、子供に恵まれた。全てが順調に行くと思っていた。だけど、こんなにも早く別れが訪れるとは。だけど、できる限り2人の時間を大切にした。そして、短い結婚生活を精一杯生きた。短いけれど、充実した、悔いのない日々だった。 「いよいよ明日でお別れだね」 「うん」  航は友達を過ごした日々を思い出した。もう会えないここでの友達。それは一生の宝物だ。これから名古屋に行くけど、もっとたくさんの宝物を見つけてくる。そして、できればまたここで友達と再会したいな。そして、これまでの日々を語り合えたらな。 「残念?」 「残念だけど、新しいお父さんとも仲良くしなくっちゃ」  航は少しずつ運命を受け入れていた。別れるのは寂しいけれど、別れがなければ人は成長しない。今はその時だ。出会いと別れを通じて、成長したいな。 「そうだね。新しいお父さんなら、もっと愛してくれると思うよ」  沙羅は期待していた。新しい夫なら、必ず航を愛情をもって育ててくれるだろう。新しい夫に期待しよう。 「本当?」  航は少し期待した。新しいお父さんも、きっと優しいお父さんだろう。 「昔のお父さんと新しいお父さん、どっちがいい?」  沙羅は気になった。昔のお父さんの新しいお父さんのどっちが好きなんだろう。 「本当は言いたくないけど、昔のお父さん」  それを聞いて、沙羅は少し寂しくなった。やはりこの子にとってのお父さんは、優しかいないんだろうか? 優と私の間に生まれた子供だからだろうか? 「そうだよね。やっぱり本当のお父さんがいいよね」  と、野良猫の鳴き声がした。あの野良猫だろうか? だとすると、明日、この町を離れるのを悲しんでいるんだろうか? 「野良猫の声?」 「あの野良猫かな?」  航は信じていた。きっとあの野良猫が悲しんでいるんだろう。もっといてほしいんだろうか? だけど、もう決めたんだ。新しい人と、新しい人生を歩もうと。 「きっとそうだろうね」  沙羅にもわかった。あの野良猫も悲しんでいる。だけど、新しい家には連れて行けない。本当は連れて行きたいのに。 「きっと悲しんでいるだろうね。でも、それを乗り越えましょ? 別れによって、人は成長するんだから。そして、大人になっていくんだから」  航は夜空をよく見た。だけど優はいない。きっと見えない所で、見ているんだろう。 「お父さん、空から見てるかな?」 「きっと見てるといいね」  沙羅は空から優が見ている事を思い浮かべた。明日、引っ越すのをどんな気持ちで見ているんだろう。2人で過ごした家を離れてしまう。ここで暮らした日々は思い出になってしまう。だけど、いつまでも忘れないでほしいな。 「もう寝よう」 「うん」  航は部屋に戻ろうとして、ドアの前に移動した。沙羅は振り向いて、航を見ている。 「おやすみ」 「おやすみ」  航は部屋に戻っていった。その様子を、沙羅はじっと見ている。この家で過ごす最後の夜だ。しっかりと寝て、ここでの時間を大切にしよう。
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