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第1話(1)三人の九
壱
「こっちたい……」
九州、熊本県、着物姿で腰に刀を二本差した男女が三人、静かな神社の参道を歩く。
「……ここで間違いないと?」
小柄な男性が、三人の先頭を歩く、中肉中背の男性に尋ねる。
「ああ」
尋ねられた男性は振り返って頷く。
「……本当か?」
「本当たい」
「にわかには信じがたいでごわすな……」
長身でポニーテールの女性が呟く。中肉中背の男性が問う。
「何故にそう思うたい?」
「……普通過ぎる」
「は?」
中肉中背の男性が首を傾げる。
「もっとこう……なんというか……」
「……神秘性」
「そう! そうでごわす!」
小柄な男性の呟きに女性は頷く。中肉中背の男性が周囲を見渡しながら尋ねる。
「ここには神秘性が足りないと?」
「うむ」
「神社でそういうことを言うとは、罰当たりというかなんというか……」
「だってそうは思わんか?」
女性が小柄な男性に問う。小柄な男性は頷く。
「思う。街からもそうは離れていない場所にあるごくごく普通の神社ばい」
「場所の問題か? では聞くが、神秘性のある場所とはどこになると?」
中肉中背の男性が女性に問う。女性は少し考えてから答える。
「例えば……阿曾山の火口に鎮座するお社とか……」
「それは神秘性が高いばい」
小柄な男性が女性に同調する。
「危険性の方がよっぽど高いたい……」
中肉中背の男性が苦笑を浮かべる。
「……我々の目当ての者がここにいるとはとても思えんばい」
「そもそも人が見当たらんでごわすからな」
「……人手は足りていますからね」
「なっ⁉」
「ど、どこだ⁉」
いきなり声がした為、三人は驚いて周囲を見回す。しかし、人の影はまったくない。
「こ、これは……?」
「どういうことでごわすか?」
「ここにいますよ~」
「む!」
三人の目の前に人の形にかたどられた紙、形代がひらひらと宙を舞う。
「か、形代が喋った……?」
「宙を舞っている……まやかしでごわすか?」
「まやかしって、術って言って欲しいですね……」
「術? 誰の?」
中肉中背の男性が首を傾げる。
「それはご主人様のですよ」
「ご主人様?」
「あなたたちのお目当ての方ですよ」
「! あの方の……ほら見ろ、やっぱりここにいらっしゃるたい!」
中肉中背の男性が他の二人に向かってドヤ顔を見せる。
「う~む?」
「まだ半信半疑でごわすな」
「疑り深いな⁉」
「高島津家家臣、南郷九重さん……」
「!」
形代の言葉に南郷と呼ばれた女性が驚く。
「大友部家家臣、浮草九道さん……」
「‼」
浮草と呼ばれた小柄な男性が目を丸くする。
「そして、竜勝寺家家臣、鍋釜九直さん……」
「⁉」
鍋釜と呼ばれた中肉中背の男性がびっくりする。
「この九州を三分する勢力の次代を担う皆さん、揃ってよくお越し下さいました」
形代が頭をペコっと下げる。
「い、いえいえ、こちらこそ……」
鍋釜が丁寧にお辞儀を返す。
「これは……」
「信じるしかないようでごわすな……」
浮草と南郷が目を見合わせる。
「しかし、解せません……」
形代が首を捻る。鍋釜が問う。
「なにか気になることでも?」
「お三方の仕える家は、それぞれ九州の覇権を賭けて長年争っておられます。この熊本辺りが緩衝地帯のようなものだとは言え、お三方が仲良くされているのはおかしいのでは?」
「ふっふっふ、良いことを聞いてくれましたな……」
「えっ、なんかちょっとウザ……」
「え?」
「い、いえ、どうぞ続けて下さい」
形代が話の続きを促す。
「我々の名前には共通点があります。なにか分かりますか?」
「えっ、いきなりクイズ? 面倒くさ……」
「ええ?」
「い、いえ、えっと……皆さん“九”の字が入っていますね」
「そうです!」
「うわっ、びっくりした……唾飛ばさないで下さいよ、紙なんですから……」
「あ、これは失敬……」
「どうぞ続けて下さい」
「我ら三人は生まれ育った九州の未来を真剣に憂う、『九の会』の同志なのです!」
「えっ、ダサ……」
「ええっ⁉」
「い、いえ、何でもありません……」
「い、いや、今のははっきり聞こえたたい! ダサいとは何事たい!」
鍋釜が怒る。
「鍋釜、落ち着くばい」
「みっともないでごわす」
浮草と南郷が鍋釜を宥める。
「はあ……はあ……す、すまんたい……落ち着いた」
「要は志を同じくする者たちで、密かに協力関係を築き上げていたと……」
「そうです! ただ、我々だけでは限界があります。こちらのお社にいらっしゃるという伝説の方のお力をお借りすることが出来ればと思い、参上した次第です」
「なるほど……お社にどうぞ、ご主人様がお会いするそうです」
形代が参道の突き当たりに立つ社殿を指し示す。
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