Showcase.

プロローグ

　この世界の事をどれだけ知っているか。この世界の意味について考えた事があるか──大衆の答えは同じだろう。俺もまた、その一員だった。ただ目の前に提示された物を素直に眺めるばかり。

　鳴り響く開幕のベル。重厚な緞帳が上がる。

　扉を開き、一歩足を踏み入れたらそこはもう別の世界だ。そう君は言った。日常を忘れ、人々は一時だけ自らが生きる時間とはまるで違う世界に迷い込む。俺達はそれを手助けはしても、邪魔する事は許されない。
　ピンと張った緊張の糸。高鳴る鼓動。俺達はその一瞬の為に神経を研ぎ澄ます。本がどうであれ、芝居がどうであれ、しくじったって誰かが死ぬ訳じゃない。それでもたった一秒、たった一節に、俺達は命を懸ける。

　芸術───これはそんな大層なものじゃ無い。ここは謂わば品定めのショーケース。俺はその硝子を一心に磨き、君は、その硝子の向こうにいた。

　ここには夢がある。ここには世界がある。硝子張りのショーケースの向こうに、息衝く君がいる────。