残機1

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 これで何回目の人生やり直しだろうか?  俺の人生、細かい回数はもう忘れてしまったが、今回で残り1回ということは分かっている。  俺の残機は1。  そう、これが俺にとっての最後の人生。  俺は最初の人生半ばで裏技を見つけ、人生のリセット回数を増やすことに成功した。  やり直しがきくと知ると、無茶をするものだった。  ある一生では、盗んだバイクで国道を爆走し、パトカーに追われる中、カーブを曲がり切れずにそのまま電柱に激突し死んだ。  ある人生では、夜の繁華街で意気がって、チンピラと口論となり刺されて死んだ。  不摂生がたたって死んだこともあった。酒にタバコに薬と…… 暴飲暴食の結果、糖尿病で死んだり、河豚を食って死んだこともあった。  気がついたら死んでいる時もあれば、病院のベッドの上だったこともある。  ありとあらゆることをやって来た。  危険なスポーツに挑み、山から滑落して死んだことも。スカイダイビング中にパラシュートが開かずに墜落死。海深くまで潜り、そのまま溺れ死んだこともあった。  恋に生きたこともあれば、真面目に仕事一筋で生きたこともあった。  芸術家を目指し…… 資産家を夢見て…… 政治家に……  一人の人間が一生で味わえるようなことを、何十人分も経験してきた。  そして今回が最後の人生。  どう歩むかは、すでに決めておいた。  最後は最後らしく俺らしい人生で締めること。  俺は平凡な男だった。  いろいろ試した結果、芸術でもスポーツでも勉学でも、秀でたものはなかった。  だれよりも認められて注目されてヒーローとして人気を集める。  そんなことを考えていた時もあった。  ギャンブルで一攫千金。億万長者になり豪邸に住み、美人の愛人と毎日に豪遊。 そんなことを思っていた時もあった。  しかし、それで得たものは仮初のほんの一瞬のことでしかなかった。  俺が死ねば関係ない。  しかもやり直すと今まで得たものもリセットされる。  金も地位も名誉もないのだ。  人生かけて得たものが無くなっている。  それをまた同様に、人生をかけて手に入れようとしてなんになる?  またゼロからやり直し。 この喪失感は何度も味わっても慣れることはなかった。 結局、人生をやり直して得たものは、それまでの経験と知識と思い出だった。  全ての事をやり尽くした俺は、最後だけはゆっくりと自分の満足するかたちで、自分の一生を終わらせたかった。  人生の善し悪しとは、他人が決めるのではなく、その本人が死ぬ間際、自分の一生を振り返ってよい人生だったか感じるか否か。 それで決まるものだと、俺は悟った。  だから俺は、自分を偽らない自然な形で、最後は穏やかな人生を送ることにした。  最後の人生がリスタートされた。  平凡な家庭の一人息子として生まれる俺。  両親はこれもまた普通の人間。  中学生までは勉強はしなくてもよかったが、学校や家ではしているふりをしてみせた。 それ以外は遊ぶ。  何回も繰り返してきて、さまざまな遊びを経験してきた俺だが、結局は子どもの頃の体を動かした遊びが一番楽しかった。  何も考えず馬鹿みたいにはしゃいで、体を振り回す。実に単純なことだが、それを人々は成長するにつれて忘れていくのである。  中学生に進学。 この時、気を付けなくてはならないのが、ある同級生の女子のことだ。  どこにでもいる普通の女。特別容姿が整っていると言うわけでも、学芸に秀でていると言うわけでもない。  何回目かの人生で俺はこいつと結婚することとなったが、彼女が一番相性がよかった。  それ以外にも付き合った女は何人もいたが、結局、うまくいかなかった。 自分を偽らず、心から接することのできた人間だった。  最後の人生はこいつと一緒にと、だいぶ前から決めていた。  そう考えたら、誰かに取られる前に、なにがなんでも手に入れたくなった。だから早いうちに……  さらに今から付き合えば、俺が死ぬまでの長い時間、同じ時間をより長く共に過ごすことが出来る。 だから入学して間もなく、自然な形で近付くと、まずは友達からの関係を作った。 そして頃合いを見計らって告白。 すんなりと付き合うことに。  しかしいざ付き合うと、こいつは俺に惚れると知っていても、慎重になってしまう。  もし振られたら……  もう残りの人生は、俺には残っていない。  やり直しがきかない。これが正真正銘の最後の人生。  そう考えると、おのずと相手へと優しく振舞ってしまうもの。  その甲斐あってか、無事に恋人として付き合うこともでき、一緒に地元の公立高校へと進学した。  この展開は初めてだった。 今までの人生だと、進路は別々になる。  高校での生活は、全てが初めて経験することで、毎日が最高の日だった。 こんな人生なら何回も繰り返したい、そんな迷いも生まれるくらい、楽しい日々だった。  その後、俺たちは同じ大学へと進む。  受験の時は心底緊張した。  もし俺が落ちていたら、彼女が落ちたら。 やり直しがきかない。ということが、こんなにも恐ろしいことだと、改めて通観させられた時だった。 無事に2人とも合格した時は、2人でてを取り合って大はしゃぎしてしまった。  今までの人生では、傍若無人な振る舞いをしていた。いつ死んでもいい。なり直せる。そんな思いで危険で無謀な日々を送っていたが、今回は最後の人生だと考えると、 死にたくない、この生活を終わらせたくないという思いで、おのずと行動は慎重になった。  どこへ行くにも、何をするのにも。  大学など行ったところで人生にたいして関係ないことを、俺は何度も経験してきたが、今回ばかりは彼女とのキャンパスライフを楽しむという目的のため、勉学そっちのけで通っていた。  そして俺は平凡な中小企業に就職した。  その気になれば一流企業も無理ではなかったが、仕事一筋で生きるつもりはなかった。  公務員も組織に人生を捧げるなんてバカげていた。何度かなったが、たいして面白いものではなかったのもあった。  地位も、名声も、金も要らない。  すでに経験してきた。 全部、飽きた。  地位なんてあっても煩わしさが付きまとうだけ。  名声も、俺が死んだあと語り継がれても、俺には意味がない。  金も、あっても使い道がない。 平穏に毎日を送る。 30歳前に俺たちは結婚。 そして、子どもをもうける。 子どもを育てながら、家族で過ごす時間を大切にし、何事もなく普通の生活を送る。  俺は繰り返される人生の中で、50代で一気に老けることに気がついていた。  それは何回やり直してもそうなのだから、きっと遺伝なのだろう。  どうやら循環器系に問題があるようだった。  食生活も気をつけた。  暴飲暴食などもってのほか。 飲酒もほどほどに。  タバコはしない。 塩分もコレステロールも取りすぎない。  俺の繰り返された人生の中で、もっとも長生きしたのが86歳だった。  死因は老衰だった。  何度か悲惨な死に方をしてきたが、これが一番いい死に方だ。  眠るようにして死ねるのだから。  だから最後の人生もこの死に方で行くつもりだった。  家族に看取られながら、ゆっくりと死ぬことを最後の人生の目標とした。 そうなると俺の生き方は、自然と慎重になる。  他人にも自分にも優しくなる。  無謀なことはしない。  恨まれるようなことはしない。  他人に殺されるような、なさけない人生で締めくくりたくない。  危険な場所にはいかない。  危険な運転もしない。  事故死するという、間抜けな終わり方はしたくない。  はたから見れば、つまらない人生に見えるかもしれない。  しかし俺にとって、最後の人生を平穏で、幸せに、充実したまま終えるということが叶う。  いよいよ最後の時。  88歳という最高記録を迎え、俺はバッドの上に横たわる。  その横には長年寄り添った最愛の妻と、子どもと孫たち。  皆に最後の別れを告げ、俺は息を引き取った。  思い残すことはない。  思えば贅沢な人間だ。  何回も人生をやり直し……  最後は、よい人生だった。  これで有終の美を飾れる……  ……  …………  ……しかし、  なにかがおかしい。  体の自由がきかなくなったというのに、まだ意識はしっかりと残っている。  この感覚は……  かつて何度も経験してきた、人生をやり直す時の感覚に似ている……  俺はゆっくりとまぶたを開けた。  先ほどと同じようにベッドに横たわっているのは変わりない。 しかし、俺を囲むように悲しみに満ちた顔で覗き込む家族の顔が見えていたのだが……  ……その数が2人に。  しかもその顔は笑顔に満ちていた。  2人の顔には見覚えがある。  そう、忘れもしない両親の顔。  しかもまだ若いころの……  なんということか! 俺はまた生まれ変わって、赤子としてベッドの上に寝かされていたのだ。  これは一体!?   どういうことだ!?  たしかに前回の人生では、残機1と……  そうか!  残機1とは、あと残り1という意味だったのか!  ということは現在は、残機0。  今回こそが正真正銘の最後の人生。  なんてことだ。俺はもう最後だと思って歩んできた人生が、終わりではなかったと。  さらにあと一回、繰り返されると?  前回以上に最高の人生など、ないというのに。満足したこの俺に、どうやってもう一度、人生を歩めというのだ。  もうやめてくれ。  こんな辛く苦しく無駄な人間の一生を、もう一度やり直せと言わないでくれ…… 「あらあら、あなた、この子、泣き出しちゃったわ」 「俺たちが覗き込んで、びっくりしたんじゃないか?」  こうして最高の人生を終えたこの男は、望まぬ人生をもう一度繰り返すこととなった。  この先、人生に絶望して自ら命を絶つのか?  それとも、前回以上の人生を歩むことが出来るのか?  それはこの男にも分からない。  プレイヤー()のみぞ、知ることであった……
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