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「あと少し、あと少しだ…このデータさえ、入力出来れば…」
男は薄れ行く意識の中、必死に指を動かし、機械を操作していた。
箱の形をしたその機械には、今まさに、この星の歴史の全てが詰め込まれている最中であった。
まもなく最後の人類の命が尽きようとしている。
その当事者であるこの男は、終末を迎える際に己が何を成すべきか熟考を重ねた結果、これまで人類が蓄えてきた知識や技術という名の財産を残すことであると結論づけた。
そして力尽きようとしている今、ようやく全ての作業を終えた男は最後の入力ボタンを押すと、安心したかのようにその場に倒れ込んだ。
「たとえ人類が滅んだとしても、知識は生き続ける。次にこの星を見つけた者にとっても、きっと役に立つはずだ…」
時は流れ、生物を風化させる程の長い年月が経ち、あっという間にその星の存在が忘れ去られた頃。偶然近くを通りかかった一つの宇宙船が、赤いランプを点滅させながら寂しく佇む箱の形をした例の機械を発見した。
「博士、あの箱みたいなものは何でしょう」
「わからん。見たこともない物体だ」
二人は宇宙船の中から様子を伺う。それは自らの常識の及ばないものに対し警戒して、星に降り立つのを躊躇していた故であった。
「チカチカと点滅していますね。まるで自身の存在を主張しているように思えます」
「これは警告かもしれん。慎重にならなければ」
「ボタンのようなものが確認出来ます。アームを伸ばして押してみましょうか?」
「馬鹿者。何かの罠だったらどうする」
「よく見るとボタンの中心に丸い形状のマークが記されています」
「ふむ、おそらく危険だと示す記号なのだろう」
「どうしましょう。やはりこのまま降りるのは避けるべきでしょうか」
「あの物体をレーザービームで破壊したまえ。着陸はその後じゃ」
「しかし博士、唯一確認出来た有機物ですよ。この星のヒントとなるものかもしれないのに良いのですか?」
「命なくしては何にもならん。念には念をじゃよ」
助手は解せぬ表情をしつつも、発射のスイッチを押した。
人類が残した莫大な知財は一瞬のうちに灰となって消え、宇宙の彼方へと散って行った。だが、そのことを知る者は誰一人としていなかった。
完
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