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二人きりのオフィスには、時計の音だけが響く。お互い一言も発さず、身動きすらほとんどしない。どれだけの時が経ったのかは、どちらにも分からなかった。ただ、今この瞬間に集中し続けていると、時間はもはや意味をなさない。
「……よし」
弓月がそう呟いたのは、あれから二十九分後のことだった。希美はハッと立ち上がって、弓月の方を見る。
「パスワード解読しました。ファイル、開きますね」
弓月は、少し疲れの混ざった、それでも満足げな口調で言う。すると、希美はハッと顔色を変えて、慌ててこちらに向かって駆けて来た。
「えっ、早い、ちょっと待って、まだ早いです!」
「もうクリックしちゃいましたよ。何か問題でも……」
弓月はそう言いかけて、途中で言葉を途切れさせる。Juneのプログラムに守られていたファイルの中に入っていたのは、文書ファイル。画面に表示されたそれには、一行の短い文章が書かれていた。
「これ……」
「いえ、違うんです! あの、それは本当に、違うんです……」
ファイルの中にあった文章は、飾り気のない文章。
——一ノ瀬さんが好きです。もしよければ私と付き合っていただけませんか?——
弓月は、凍り付いたようにその場に硬直し、その間に希美はバッと鞄を手に取ると、部屋を飛び出して行ってしまう。
天才ハッカーでも、解けないものはあるらしかった。
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