5天才ハッカーVS.天才SE

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 二人きりのオフィスには、時計の音だけが響く。お互い一言も発さず、身動きすらほとんどしない。どれだけの時が経ったのかは、どちらにも分からなかった。ただ、今この瞬間に集中し続けていると、時間はもはや意味をなさない。 「……よし」  弓月がそう呟いたのは、あれから二十九分後のことだった。希美はハッと立ち上がって、弓月の方を見る。 「パスワード解読しました。ファイル、開きますね」  弓月は、少し疲れの混ざった、それでも満足げな口調で言う。すると、希美はハッと顔色を変えて、慌ててこちらに向かって駆けて来た。 「えっ、早い、ちょっと待って、まだ早いです!」 「もうクリックしちゃいましたよ。何か問題でも……」  弓月はそう言いかけて、途中で言葉を途切れさせる。Juneのプログラムに守られていたファイルの中に入っていたのは、文書ファイル。画面に表示されたそれには、一行の短い文章が書かれていた。 「これ……」 「いえ、違うんです! あの、それは本当に、違うんです……」  ファイルの中にあった文章は、飾り気のない文章。  ——一ノ瀬さんが好きです。もしよければ私と付き合っていただけませんか?——  弓月は、凍り付いたようにその場に硬直し、その間に希美はバッと鞄を手に取ると、部屋を飛び出して行ってしまう。  天才ハッカーでも、解けないものはあるらしかった。
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