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その晩も女を抱いた。
嶺に初めて酒を奢った客・千恵だ。
年増のくせして、凄い性欲だな。と内心では思いつつ、にこやかに笑ってみせる。求められるままに、抱く。
この行為に意味があるとすれば、『思考の停止』。ただ、それだけだ。
千恵は珍しく隣で眠っていた。大体、事後はさっさとシャワーを浴びてホテルを出るくせに。今日はどうやら疲れているらしかった。
規則的な寝息を立てながら裸で眠る千恵を、麗は何の感情も無く見つめる。程無くして、急に空腹を感じたので、「今日はオレが先にホテルを出てみようかな?」なんて閃いた。
が、抱いた女を置き去りに、しかも挨拶もせずにホテルを後にするなど、紳士―――バーテンダー・麗、のすることではないだろうなと思い直す。
仕方無しに身を起こし、シャワーを浴びることにした。
シャワーに全身を打たれながら、空腹のせいか考えていたのは例のファストフード店でした思案のことだった。
(オレも付加価値の塊みたいなものだ)
シャンプーをするでも、身体を石鹸で擦るでもなく、麗はただただ思考した。
(『麗』そのものの価値がどんなに低くとも、皆、気にならない。誰もオレの本来の価値なんてどうだっていいんだ。用があるのは、オレの付加価値の方。そう、例えば、『ステータス』とか『優越感』とか、そういうやつ)
いつもにこやかに笑うその笑顔の下で麗がこんな表情を見せることを、リュウ以外の誰も知らない。
麗は、リュウ以外に誰にも興味がない。
そのくせ、『誰か』無しでは生きられない。
演技し、騙し、時に騙されたフリをし、好きなように抱かれ、又は抱き、そうしてこっそりと利害を一致させては快楽に溺れる。それ無しでは、もう自分を保つ術を知らなかった。
『バーテンダーの麗』は、美しく気さくで、軟派者。誰でも抱くし、誰にでも抱かれるが、恨まれない。そういうキャラクターで成り立っている。バーテンダーという職業も多少は免罪符になっているように思う。
抱かれようとする者達は、大体皆、本気ではない。
彼氏が居たり彼女があったり、子供が居たりする。皆、都合がいいので、麗と寝る。
麗は勿論、そんなことに一々孤独を感じたりしない。
麗を孤独にさせるのは、世界でたった一人しかいない。
はあ、と息を吐く。
身体が充分過ぎる程温まってやっと、麗はボディーソープに手を伸ばした。
(……………光子)
喉につっかえた魚の骨のように。いつも唐突にその名前が頭に出てきては、もやりとする。
自分を見て泣いた二十歳の男のことを思う。
光子ってどんな女なのだろうか。
嶺はそんなにその女を愛しているのだろうか?
愛って、なんだ?
「…………ふふ」
黙々と泡だらけにした身体を、またシャワーでさっと流す。
「………なぁんか、疲れたなぁ……」
自分が本当に“光子”だったら。
こんな惨めな思いを知らなかったのだろうか。
ただ一人に真っ直ぐ愛されることを。
自分の愛が実った時に感じる幸せを、麗は知らなかった。
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