一話 最悪な出逢い

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 嶺が卵とじカツ丼、那智が日替わり弁当と味噌汁を二つ買って部室に戻ると、部屋は冷え過ぎなくらいに冷えきっていた。 「さぶっ…!」 「え? 丁度よくね?」 「嶺さんは相変わらず、夏は暑がりの冬は寒がりですよね」 「そうそう。ワガママボディーなのよ、俺」 「………」  ごくりと生唾を飲んだ那智に気が付かず、「なんか言えや」と嶺は隣に立つ那智に軽くパンチし、先に畳へ上がった。やっぱり畳の中央辺りにドカリと腰を下ろし、胡座をかいて生協の袋から使い捨ての丼を取り出す。  那智も遅れて畳に上がり、部室の端っこに置いてあるケトルを取り、洗面台で水を入れてコンセントを差す。  そこでやっと嶺の隣に腰を下ろして弁当を取り出した。生協にある電子レンジで温めているので、容器が程よく温まっていた。 「bar・oblio(オブリーオ)、と」 「行儀が悪いぞ」  那智は弁当を食べながら空いている左手でスマホを操作し、嶺が始めたバイト先の情報を早速収集し始める。 「あっ、めっちゃ雰囲気あるバーじゃないですか!」 「だろ?」 「此処で嶺さんがバーテンを?」 「似合うくね?」 「大変善きですっ!!」  那智に行儀が悪いと指摘していながらも、始めたバイト先を褒められ、羨望の眼差しを向けられると、嶺も得意顔でにやにやと笑う。那智は一通りホームページを閲覧すると、口コミの検索に移った。  と、ケトルでお湯が沸け、一旦作業を取り止めて味噌汁二つ分にお湯を入れた。 「二個も飲むの?」 「一個は嶺さんの」 「俺の?」  目を丸めた嶺だったが、「そろそろ、冷えてきたでしょう?」と図星を突かれ、破顔した。 「いつも冷房の温度下げ過ぎて、仕舞いにはくしゃみするでしょ」ーーー那智が味噌汁を渡しながら言う。 「よく分かってらっしゃる」ーーー笑い顔のまま、嶺がそれを受け取った。  那智は満足げに笑って、弁当を食べる事と検索を再開した。  口コミは軒並みの高評価。店の雰囲気を絶賛する投稿が多い中、同じくらい、バーテンのかっこよさについての熱いレビューも目立った。 「……女性のバーテンはいないんですか?」 「え? さあ、どうだろ。マスターとあいつしか顔知らねぇや」 「あいつって、光子さん?」  嶺が光子のことを「あいつ」とそうやって忌々しげに呼ぶことが意外で、那智は首を捻った。嶺がバイトを始めたことやそれがバーだったことについ、焦点を当ててしまったが、そう言えば本題はそっちであった。  レビューにまた目を移す。マスターはイケオジで、あとはカッコいい若いバーテンが二人。基本的には、マスターとバーテン一人が日替わりで、カウンターは二人で切り盛りしていると書いてある。  麗美なバーテンダーの名前が[[rb:麗>れい]]。もう一人は、一番新しいレビューで「最終日」と書いてあるから、もう辞めているようだった。 「………レイ」 「………なんで、名前……」 「レビューに名前が」 「………」  麗目当ての客もかなりいるようで、そうだと知ると、「麗」と言う名前が出てくる書き込みばかりなのに気が付く。 「はぁ……かなりモテるみたいですね、光子さん」 「……光子じゃない」 「麗、さん」  不服そうな顔をする嶺に、那智はその心情を考察した。やっと巡り逢えた光子の魂だ。そうして巡り合った二人は、きっとまた恋に落ち、結ばれるものだと、そう思っていた。那智よりもきっと嶺の方が強く、そう確信していただろう。 (………過去の恋愛だったと割り切って、新しい恋に、とか?)  那智は知っている。嶺は、今も昔も、ノンケである。  如何に光子の魂を持っていたとしても、男である。嶺は“光子”を諦めるだろう。それはそうだろうとしても、その嫌悪のしようは、「光子の現世が男だった」と言うだけでは説明がつかない気がした。嶺は理不尽な男ではない。性別なんてこちらが選択できないものを、麗の非にして怒るような人間ではないはずだ。 「……なんで、麗さんは光子さんじゃないんですか?」 「あ?」  変な言葉選びをしてしまった那智に、嶺はやっぱり怪訝な顔をした。丼はすっかり平らげており、味噌汁を飲みきった後だった。  割り箸の入っていたビニルから爪楊枝を取り出しながら、嶺は不自然な無表情でその理由を語る。 「……男だったのは、別にいいんだ」 「……ええ」 「恋人は駄目でも友達になれたかもしんない。けど、あいつは、その可能性すら無い」 「何故?」  一呼吸分の沈黙。 「………見境無い、タラシ野郎だからだっ!」  そこで嶺の無表情は崩れ、嫌悪が顔に出た。那智は面食らって目を瞬いた。割り箸で掴んでいた卵焼きが、箸ごと落ちる。 「え、あ、………え?」 「とんだヤリチン野郎だ」 「…………え?」 「あいつが光子なわけ、無い!」  魂が光子でも、記憶が無いならそれは別人だ。と、嶺は結論付けたらしかった。  那智は狼狽した。気高い光子と、ヤリチンと言う言葉は確かに結び付かない。とんでもない女ったらしで、嶺にこれだけ嫌悪されているのだ。万が一にでも、嶺がまた光子の魂を好くことは無いのだろう。そこでやっと、那智は安堵した。  否、その安堵にきっとどれ程の意味もない。 「………あ、そう……だったんですか。えっと、」  嶺の感情を量る。  かつて自分が愛で、愛し合っていた妻が、ーーー男に転生していたとはいえ、ヤリチンだったとは………浮かばれない。それは、憎らしくも思うだろう。彼女の魂を汚されたと、恐らく、そう思ったのだろう。 「………那智は、」 「はいっ?!」  言葉を選んでいる内に、嶺がポツリと言葉を落とした。 「………那良之助(ならのすけ)」 「!………なんでしょう、嶺蔵(みねぞう)様」  他に誰もいないことを良いことに、互いしか知らぬ、懐かしい名前を呼び合う。 「お前には、記憶があって良かった」  深い安堵のような、それは、寵愛と変わらぬ言葉だと思った。優しい顔で、嶺が言う。  那智は涙こそ溢さなかったが、その感動の表し方を決めあぐねていただけで、内心では歓喜に叫んでいた。 「……いつまでも、お供しますよ。例えそれが、時代を越えたとしても」 「ふ、」  嶺はまた笑った。今度は、先ほどの柔らかい笑みではなく、口元を不敵に吊り上げる。 「……して、次のシフトはいつですか、嶺さん」  コロリと空気感を変えて目を輝かせる那智に、嶺はガクッと肩を下げた。 「………今日、だけど……」 「絶対行きますね!」 「いや、来んなよ」  念押ししたが、さて、どうか。
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