二話 片想いしか知らない

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******  リュウが親代わりになったのは、麗が中学二年の時だった。  麗の母親の弟にあたるのがリュウだった。  麗の母親と父親は既に離婚しており、男狂いの母親は常に麗に関心を示さなかった。たまたま状況を知ったリュウが麗を引き取ったと言うのが大体の経緯である。親代わりとはいえ、戸籍を移したわけではない為、麗の『親』と言うわけではない。  当時、リュウは二十四歳だった。  リュウは既にバーテンダーとして高級クラブで働いていた。  まだ表立って酒を飲むことが出来ない時期から酒の作り方を覚え、若くしてバーテンの道に進み、様々なコンテストで賞を獲得した。注目も知名度もあり、そこそこの収入もあった。それに加えて、リュウは意外と倹約家で、貯金もしっかりとあったわけである。―――だからとは言え、まだ二十四歳だ。十しか違わず、しかも難しい年頃になる麗を一つの迷いなく引き取るというのは、なかなか常人には真似しがたいことである。  偽善者、と荒んだ心を持つ麗は思った。  でもどんな理由があっても間違いなく、リュウは麗にとって救いの神だった。  衣食住の保証ーーーそんなことよりも、麗を救ったのは自分に向けられた多くの「会話」だった。  マザー・テレサの遺した言葉で『愛の反対は憎しみではなく無関心だ』と言う言葉がある。まさしくその通りだなと彼女の偉業を授業で簡単に習った時に、麗は思った。  麗にとってリュウは、初めて自分へ“関心”を向けてくれる大人だった。  また麗にとって、リュウが世界の全てになるのにはそう時間がかからなかった。  麗の知らなかった様々な世界、感情、物の考え方、その全てを、麗はリュウから学んだ。  敬愛は、やがて思慕に変わった。それさえも必然のように思う。  ただ一点、誤算があったとすれば、それは二人が『相思相愛』ではないというところだろうか。―――――否、麗が思っている程リュウも、“完璧な人間”じゃなかったと言うところだろう。 「…………腹減ったな。麗、飯」 「…………」 「寝たふり止めろよ。起きてんのわかってんだぞ」  畳から布団へ移動した二人は暫し、互いを貪り合った。が、事が終わるとやはり何事もなかったように、リュウはお腹を鳴らした。身を起こした彼は、さっさとゴミを片付け、服を着る。 「チャーハンがいいな。うん。チャーハンの気分」 「…………自分で作れよ」 「つれないな、麗の作ったチャーハンが食べたいんじゃん。あ、先にシャワー浴びる?」  リュウの軽い調子に、布団の上に横たわったままだった麗はやっと身体を起こした。腰を擦りながら、リュウを睨む。 「………クズ。下手くそ。痛いんだよ……」 「えー? 嘘だなぁ。あんなに良さそうだったくせにぃ~?」  ケタケタと笑うなり、リュウは煙草に火を付けて玄関から出て行った。事後、やっぱりリュウは煙草に火をつけるが、普段はまるで気にしないくせに、この時ばかりはいつも部屋から出るのだった。 「………………糞野郎……」  リュウが麗を抱くのは、リュウのだ。  麗は勿論、その事を理解している。  麗は痛い程、理解している。  リュウは決して自分を好きにならない。けれど、つけこむ余地があるから。こうして時々、誘っては抱かれた。  汗をかいた肌が冷房の冷気で冷やされ、麗は自分の身体を抱き締めた。  好きな人と暮らしているのに、歳を取る度に増すのは孤独感ばかりだった。あとはそう、虚しさか。  心だけがいつも、ぽっかりと満たされない。  事後のリュウの煙草は長い。飄々と見せている実、恐らく、様々な感情と折り合いをつけているのだろうと麗は予測している。 (……………ざまぁみろだ)  心の中では悪態を吐きつつ、簡単に汗の処理を済ませた麗は、元着ていた服を着て台所に立つ。  チャーハンを作るべく、冷凍庫からいつ炊いたかわからない米を取り出すのだった。 ******
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