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たまご
私は一抱えもある大きなたまごを腕に走っていた。
それは、誰かに追いかけられているわけでも恐怖でもなく、ただこんなに大きなたまごを持っているのが恥ずかしかったからである。
う、重……。
たぶん5キロ以上はあるその象牙色のたまごは、表面はざらついているので摩擦で滑り落ちることもなくしっかりと抱えられる。
***
遡ること1時間前。
予備校をサボった私はお気に入りの場所にいた。
私が住んでいる街の真ん中には小高い丘のような山があり、その周辺が大きな公園になっている。池があり、芝生広場があり、小さなお茶屋さんがあり、たくさんの人の憩いの場だ。
山の上には、空襲で焼け落ちるまで城があったらしい。
公園の綺麗に整備された植え込みを分け入って入ると、山を覆う原生林の中に入る。
その中に少し開けたところがあって大きな切り株があり、腰掛けて上半身だけ横たえることができるのだ。
誰も知らない、私だけの場所。
あー、涼しい。
マイナスイオン。
ヒーリング……。
木々の間から見える青い空を見上げているとカッと光が走った。
眩しっ、と目を閉じて恐る恐る目を開け体を起こしてみると、目の前に大きなたまご。
たまご……。
青いつやつやしたリボンが結ばれた、たまご。
さっきまでなかったわよねぇ?
対峙すること5分。
『拾ってください』と訴えかけているような、たまご。
よく見てみると、リボンに紙が挟まっている。
ゆっくり近づいてシュッと紙を取る。
紙には『孵し方』が書いてあった。
「えーと、私に孵せと言っているのかな……?」
つやつやとしたリボンを結ばれたたまごは無言。
***
そして私は今、大きなたまごを抱えて家路を急いでいるわけである。
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