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乃亜は、目の前にいる真っ赤な彼を眺めていた。
帽子も服も、肩から提げているトートバッグまでも、全部赤。
いつものスーツ姿の時と変わらないのは、これまた赤いマスクの下の表情だけ。心の読めない彼の無表情と、マスクにいるコミカルなマスコットとの対比が面白い。
真っ赤なのは彼だけではなかった。
乃亜の乗っている車両は塾通いの学生の他、数名の乗客を除くとみんな真っ赤だった。
電車が広島駅のホームに着くと、赤い集団はそこで降りる。乃亜たちも流れに乗るようにそれに続いた。駅構内も広島カープのユニホームを着た人で溢れている。
職場の同僚である彼、芦田さんに誘われて初めて野球観戦に来た乃亜だったけれど、駅からマツダスタジアムまでの道はすぐにわかった。赤い人の波が駅から続いているから、初めてでも迷いようがない。
球場が見え始めた。
さっきまで赤い集団を珍しそうに眺めていた乃亜も、ここまで来ると自分の方が浮いているような気がしてくる。駅に着くまで気づかなかったけれど、乃亜の服はよりによって今日の相手チームの青だった。
「あの、芦田さん」
周りをキョロキョロ見渡しながら声をかけた乃亜の不安を察知したのか、芦田さんはトートバッグに手を突っ込んで赤いユニホームを取り出した。
「これ。姉貴が着てたやつだけど」
「ありがとうございます」
書いてある名前は乃亜には馴染みがないし、ユニホームを着るのも初めてだけれど、それを羽織ると何だか落ち着く。
「ぷはっ」
突然芦田さんが笑った。仕事では見ない表情に乃亜は驚く。
「田下が田中着てる。ちょっとランクアップしてる」
乃亜は自分の名字がユニホームで遊ばれたことに気づいて芦田さんを睨んだ。こんなブラックな一面を隠していたとは。
それにしても、まだ試合開始の14時まで2時間もある。みんなこんなに早くから来てどうするんだろう。
そう思いながら球場に入った乃亜だったけれど、時間をもて余すことはなかった。
球場内の観覧席を見て回るだけでも楽しい。
バーベキューしながら観戦できるバーベキューテラスに、バスタブの形をしたバスタベリアという席まで。ネソベリアという、その名の通り寝そべって観戦できる座敷席では親子連れがくつろいでいた。
外野の席に着くと、「食べませんか?」と隣のファミリーにピザを差し出された。隣接する業務スーパーで量を見誤って購入したらしい。
「ありがとうございます」
突然、見知らぬ人にピザを貰うという面白いシチュエーションに戸惑いながら、芦田さんとそのファミリーと一緒にそれぞれ特大のピザを頬張った。
カープファンに垣根は無いというのは本当らしい。
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