桜へ

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 俺、舘岡優(たておか ゆう)の家の庭に大きな桜の木がある。 昔からあるから特に気にもしていなかった。でも、俺が30歳の時に5歳下の彼女松嶋桜(まつしま さくら)と結婚を決めた後に家に連れて来た時に桜は言った。 「やっぱり素敵ね~家に桜の木があるなんて」と。俺は「そうか?」と、気の無い返事をすると桜は、 「そうよ!私はね、花の中でも一番好きな花なの」 「じゃぁ、同じ名前で良かったな」 「‥‥でも、私はこんなに綺麗に咲くことが出来るかしら。すぐに散ってしまうけれど逞しく綺麗に咲いた花はやっぱり素敵だもの。私もそんな人生をあなたと過ごしたい。1年でも長く‥‥」 「ああ‥‥。でも、花は散ったとしても木はずっとここにある。俺たちも変わらずにこれからも一緒だ。 ここで一緒に生きていこう」 そう言うと桜は恥ずかしそうにうつむきながら「うん」と返事をした。  桜は幼い頃から病弱で入退院を繰り返してきたと言っていた。今も定期的に通院している。桜は、いつも「大丈夫だから」と言うが俺は時々病院についていくこともある。今のところ大きな問題はないが通院は必ずと言われている。  それから俺達は無事に結婚し俺が生まれ育った桜の木がある家で2人で暮し始めた。俺たちの両親は早くに亡くなっているし、桜の体のこともあるから子供は特に考えておらずこのまま2人でのんびりと思っていたが結婚から3年後に娘が生まれた。 美花(みか)と名付けた。 バタバタだけど幸せな日々だ。 美花もスクスクと成長し幼稚園、小・中・高・大学と無事に卒業して就職とともに4月の桜が満開の今日、我が家を出る。 「気を付けてな」 「うん。お父さんも体には気を付けてね。お酒、飲み過ぎないように!」 「ハハッ」 「何?」 「言い方が桜にそっくりだなと思ってな」 「お母さんに?そりゃ、親子だもん!」 「ああ、そうだな。お母さんには挨拶したのか?」 「うん。したよ」 その言葉に俺は黙って頷いた。 「じゃぁ、行ってきます!」 「いってらっしゃい。たまには帰ってこいよ」 「うん!」   玄関で美花を見送った後、俺は桜の木が一番よく見える部屋に向かった。 「よいしょっと」 俺はいつも座る座布団に腰をおろした。 「はぁ~。とうとう美花が家を出たよ。あんなに小さかった子がね。早いものだね。数年後には結婚なんて言ったりするんだろうな‥‥」 と、俺は目の前の仏壇に向かい話しかける。  桜は3ヶ月前にこの世を去った。 今年に入ってから体調が悪くなりほとんどを病院で過ごした。 桜は最期まで俺と美花のことばかり心配していた。 「桜、君が好きな花が今年も満開だよ。綺麗だ。でも、今年は桜の花を見るのがなんだかつらいよ‥‥」 俺は桜を思いだし目頭があつくなるのを感じた。 すると桜の木が優しく揺れ、 『花は散っても木はここにある。 そう言ったのはあなたじゃない。私はいつでもあなたと美花の側にいます』 そう、囁いた気がした。 これは、桜が入院中に俺や美花が心配や不安そうにしているのを察した時に桜が言っていた言葉だ。 あぁ、桜がまた俺を励ましてくれているんだなぁ。 桜へ  俺はこれからも、桜が居なくて目頭があつくなることがあるだろう。 桜の木を見るのが苦しくなることもあるかもしれない。ゆるしてくれ。 でも、桜との思い出は温かいもので溢れているから。 だから、寂しさだけで埋めたりしないし心配かけないように、ちゃんとご飯も食べて桜としていた散歩も続けるよ。 美花とも仲良くやるよ。 だから、見守っていてくれよ。 な、桜‥‥。              優より
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