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翌週の火曜日。また明日も、おばあさんと同じやり取りをするのかと思うと、複雑な気持ちになる。
「あの…」
水曜日ではないのに、トオルは声をかけられた。おばあさんとは違う、中年の女性が立っている。
「もしかして、母がご迷惑をかけていませんでしょうか?」
「はい?」
「毎週水曜日に、おばあさんからたまごをもらっていませんか?」
トオルを悩ませている事柄を的確に表現するこの女性、一体何者なのか。
「はい。確かに毎週水曜日に、おばあさんからたまごをもらっています」
「やっぱり!本当に申し訳ありません!」
謎の女性は、深々と頭を下げた。
「あのおばあさんのご家族ですか?」
「私の母なんです。我が家は養鶏場を経営してまして、現在は私と夫で仕事を引き継いでいます」
だから毎回たまごをくれるのだと納得した。女性は、続けて事の真相を話してくれた。
「まだこの町に、あなたのような大学生がたくさんいた頃、我が家の離れを学生の為の下宿にしていたんです。母はお腹を空かせた学生さん達の為に、料理の腕を振るうのが何よりの楽しみで。でも時代と共に、だんだんと学生さん達が減っていって、下宿してくれる子も今はいないんです。それでも町でお腹を空かせていそうな子を見つけると、勝手にたまごを配っているらしくて」
「おばあさん、毎週たまごをくれるのに、オレの事を覚えてないみたいなんですが」
「最近では認知機能も落ちてきて、おそらくあなたの顔を覚えていないのかも。それでも、若い人にたくさん食べてほしいという思いは、忘れていないようなんです」
事情は何となく分かってきた。ただ1つ分からない事がある。
「何で毎週水曜日なんですか?」
「あぁ、それは…下宿時代に、毎週水曜日にたまごパーティーと称して、たくさんのたまご料理を出していたんです。それが学生さん達に好評で、美味しい美味しいと笑顔で料理を食べてくれるのが嬉しかったと、今でも話してくれるんです。それが記憶にあるから、水曜日に料理でなくともたまごを振る舞いたくなったのかもしれません」
減っていくおばあさんの記憶の中で、長く残り続ける水曜日とたまご。たまご曜日はトオルにとってだけでなく、おばあさんにとっても特別なものだったのだ。それを少しでも迷惑だと感じてしまった自分を、トオルは恥ずかしく思った。
「あ、あの!おばあさんに会わせてもらえませんか?」
空腹を満たしてくれたお礼と、毎週初対面のフリをしてたまごをもらい続けたお詫びをしたいと、トオルは思った。
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