たまご曜日

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 女性は、快くトオルを自宅に招いてくれた。養鶏場は離れた場所にあるらしく、素晴らしいたまごを産む鶏を目にする事はできなかった。離れがあるという事はそれなりに大きな家であろうと想像はしていたが、実際はトオルの想像を超えていた。広大な敷地内に、お城のような立派な日本家屋と、一軒家と言っても十分なほど広い離れが建っていた。あれほど美味しいたまごを生産する養鶏農家であれば、当然と言ってよいほどの豪邸だ。   「お母さん、お客さんよ」    庭の方に回ると、あのおばあさんが縁側でひなたぼっこをしていた。   「あら…」    トオルの顔を見ると、おばあさんの目がキラキラと輝く。毎週会っていたのだし、ようやくトオルの顔がおばあさんの記憶に刻まれたのだろうか。   「はじめまして。こんなおばあちゃんに、随分と若いお客さんだこと」     いつも通りのおばあさんだった。いつまで経っても、おばあさんにとってトオルは初対面の相手なのだ。   「お母さん、はじめましてじゃないわよ。こちらの方、何度もお母さんからたまごを受け取ってくださってるのよ」   「そうなのかい?記憶にはないけど…でもあなたの顔を見ると、何だか心がスッとするような気がするわ」    記憶には残っていなかったが、おばあさんの心にぼんやりとでも引っかかっていただけでも嬉しいものだ。トオルは、そんなおばあさんに深々と頭を下げる。   「美味しいたまご、ありがとうございました!それから…オレ、おばあさんに隠していた事があるんです。おばあさんがオレの事を覚えていないのをいい事に、毎週初対面のフリをしてたまごをもらっていたんです。ズルい事をしたと反省しています。腹が減りすぎて、どうしようもなかったんです。本当に、申し訳ありませんでした!」    高齢者をバカにするなと、怒られるのは覚悟していた。しかししばらくの静寂の後、楽しげな鳥のさえずりと共に聞こえてきたのは、おばあさんの優しい声だった。   「あらあら、そんな事で謝る必要なんかないのに。たとえ気付かずに、あなたに毎週たまごをあげていたとしても別に構わないわ。だって気付いていたとしても、あなたが腹ペコなら変わらず毎週、何度でもたまごをあげていたでしょうから。私はただ、お腹を空かせている人に、うちのたまごを食べてほしいの」    同じ人間にたまごをあげ続けるのは問題ではない。ただおばあさんは、お腹を空かせている学生を放ってはおけないだけなのだ。   「それにしてもあなた…」    今にも泣きそうなトオルの顔を、おばあさんはマジマジと見つめる。   「随分とやつれて…。そうだ、たまごをあげるから帰って食べなさい。きっと元気か出るわよ」   「あの、お願いがあるんです。オレに、たまご料理を教えてもらえませんか?」   「料理を?」   「せっかくの美味しいたまごなのに、オレの腕では活かしきれなくて。だから、おばあさんが得意なたまご料理を教えてください!」    今までは、料理を食べてもらう事で喜びを得ていた。だが、初めて料理を教えてほしいと言われ、おばあさんはまた違った喜びを感じる事ができた。   「ええ、喜んで!」   「お母さん、明日は水曜日じゃない?せっかくだから、トオルさんを招いて久しぶりにたまごパーティーを開きましょうよ!」   「それはいいわね!」
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