電波少女

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 ゴールデンウィークが終わり、徐々に夏の足音が聞こえる。西日が窓から地学準備室の奥まで届く。キャビネットに納まる化石や岩石たち。壁に貼られた、宇宙の成り立ちを示すポスター。地質ごとに色分けされた日本地図。この城東高校の中で私が落ち着くことができる空間だ。 「笹原さん、もう来ていたのか」  扉を開き入室してきたのは、去年のクラス担任であり、地学部顧問の諸星先生だ。頭はぼさっとしていて、使い古された白衣を着ている。 「ここは落ち着きますからね~」  ショートボブの自分の髪を弄ぶ。大学生になったら青色に染めたい。 「くつろぎすぎだ。スカートなのに椅子の上で胡坐をかくんじゃない」 「大丈夫、先生。体育ズボン履いているから」 「そういう問題じゃない」  私が改めないのは分かっているからか、それ以上は言及せず先生は椅子に腰かける。 「先生、暑いからドア閉めてクーラー入れてくださいよ」 「七月になるまでクーラーはつかないよ。それに、コンプライアンス的に女子生徒と二人きりのときは扉を閉められないから」 「えー、それだとクーラー効かないじゃん」  さっき買ったばかりのスポーツドリンクを自分の額に当てる。ドリンクと自分の汗が混じりながら肌を伝う。 「それなら、新入部員を入れて二人きりにならない状況を作ることだね。先生としてもそのほうがありがたい。……先生も夏場に扇風機だけはきつい」  去年は先輩が二人いたが、今年は二人とも受験生のため引退してこない。新入部員もゼロ。私のルックスなら何もしなくても来ると思ったんだけどなあ。自分で言うのもあれだけどかわいいと思うよ? 今まで二十人に告白されたくらいには。 「あ、そうだ。笹原さん、今度の夏季休業中に桜島大学でこんなイベントがあるらしいぞ」  先生から渡されたチラシには『全国より集え! 天体観測実習 in 桜島大学』とあった。 「え、これめっちゃいいじゃん!」 「先生との話すときの言葉遣いは気を付けなさい?」 「大丈夫、諸星先生の時だけだもん」 「物理の成績下げとくぞ」 「それ、職権乱用ですよね」  スポーツドリンクを飲み干した後、受け取ったチラシを読む。 「あれ、先生。このイベント、夏期特別授業の期間と被っていますよ?」 「それなら公欠扱いになるよ」 「絶対行きます」  好きなことできる上に学校の授業休めるのは神過ぎる。 「これ、二つコースがあるんですね」  「光赤外線観測コース」と「電波観測コース」の二つが書いてあった。「高赤外線観測コースは私たちがイメージする筒状の望遠鏡で天体観測をするコースだ。おそらく。厳密には目に見えない赤外線も観測するらしいのでちょっと違うらしいけど。宇宙は好きだが観測機器はあまり詳しくない。
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