息ができる場所を探して

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 夜眠れなくなったのと、朝学校に行こうとするとおなかが痛くなったのはどっちが先だったかはもう覚えていない。去年の、制服が夏服から冬服に変わるくらいの時期だったことはなんとなく覚えている。  運動会の練習で足を引っ張って、クラスの派手な子が溜息をついた。嫌われたと思った。男子に笑われた。周りの目が怖かった。翌朝、まったく動けなくなった。二週間学校を休んで、そのまま休みがちになった。  昔の友達は「学校アカウント」という種別らしい鍵アカウントを作った。フォロー申請は通らなかった。既読スルーされたこともある。だから、明日はブロックされるかもしれない。  定期テストも小テストも成績はずっと右肩下がり。先生に怒られたらどうしよう。親に怒られたらどうしよう。  両親の会話はほとんどなくなった。喧嘩の時に、不穏なワードが聞こえることもある。明日起きたら父か母のどちらかが離婚届を置いて出て行ってしまったらどうしよう。  明日はいつだって今日より悪い日だ。寝て起きたら、今日よりちょっとだけ不幸な明日がやってくる。だから眠るのが怖くて、朝なんて来なければいい。  そう思っても、頭も体も疲れるばかりで、明け方くらいにプツンと電源が切れるように眠る。そして、怖い夢を見て目が覚める。そんなんで疲れがとれるわけもなくて、体はだるいまま毎日惰性で生きている。  きっと私は人よりも魂の耐性が低いんだ。だから、心が弱くて、ちょっとしたことでダメージを受けたり、動けなくなったりするんだ。毎日、ただひたすらに息苦しかった。  父も母も年に何度か出張がある。それがたまたま被ることもごくまれにある。今回、両親は「そっちがずらせ」と大喧嘩した。私は一人で大丈夫だと後でこっそり両方に伝えた。小学生の時は祖母が来てくれていたけれど、もう中学生だから大丈夫だと断った。  お盆やお正月に会うくらいならいいけれど、普段の様子を祖母に見られたくなかった。だって、普段祖母の家の近くに住んでいる従姉は私と違ってちゃんとしてるから。周りの目が怖いくせに、周りと同じようにできない。そんな私のことも祖母は多少可愛がってはくれるけれど、やっぱり従姉と扱いは違う。  両親は、普段ご飯を作る時間が無い時よりもだいぶ多めのお金を置いて出かけて行った。二時間目の体育を欠席してあまり体を動かしていないから、お腹は空いていない。お腹がすくまで、スマホでのんびりと動画を見る。眠れない夜の過ごし方と一緒。  気が付くとすっかり日は暮れていて、日が長い時期なのに外は真っ暗だった。近くのお弁当屋さんはもう閉まっているから駅前のファストフード店にハンバーガーを買いに行くことにした。どうしていつもこうやって時間を無駄にしちゃうんだろう。  あまり食欲がないからセットにはしないで単品でハンバーガーを食べる。近くの席で高校生や大学生の集団が楽しそうにはしゃいでいる。ブレザー姿の女子高生たちを見ると、昔の友達も今頃こんな感じで、みんなで学校帰りに寄道したりして楽しんでいるのかなと思いを馳せた。第一志望の制服は今の学校とは違ってブレザーだった。  みんなと行きたかったあの学校の最寄り駅はここから三駅。今から行ったら会えるかな。ハンバーガーを食べ終わった後、突発的に思い立って、電車に飛び乗った。  電車の中には残業帰りっぽい大人たち。大人に守られた学校って言う小さな湖でも生きづらいのに社会なんて大海原に出たら私はきっと溺れてしまう。両親はちゃんと地に足をつけて生きているのに、その子供の私はどうしてダメな子なんだろう。  メランコリックな精神状態に現実が追い討ちをかける。電車を降りても、校門前まで行っても、友達には会えなかった。よく考えてみたら、こんな夜遅くに女子中学生がうろうろしているわけがない。部活に入ったことはないから放課後の活動時間の相場は分からないけれど、最終下校時刻はとっくに過ぎていて、校門も裏門もきっちり施錠されていた。  ここにいてもどうしようもないのに、家に帰りたくなかった。親がいるときに家出をする勇気はないので、今日一日だけ帰らないだけの誰にも知られないプチ家出。自分でも何がしたいのか分からなかった。  昔誰かが言っていた。世の中に蔓延する「死にたい」の七割くらいは「ここじゃないどこかに行きたい」なんだって。「生きたい」か「死にたい」かで言うなら「死にたい」だけど、電車を見ても飛び込む気力もない私はきっとどこかに逃げたいんだ。  生きていても魂を消耗しないところに行きたいな。なるべく人がいないところ。ここじゃない、どこか遠く、より遠く。悩み事が全部ちっぽけだなって思えるくらい綺麗な景色ってあるのかな。そんな期待を込めて高いところへ。  スマホのライトを頼りに名前も知らない小高い丘を登る。体力に自信はないけれど、日付が変わる前には頂上にたどり着いた。麓から頂上までの間、誰ともすれ違わなくて少し安心した。  丘からは街灯りがまばらに見える。豪華な宝箱とまではいかないけれど、小さな宝石箱みたいな夜景。反対側には海。きっと、朝日が昇ったら綺麗なんだろうな。  少し疲れて、簡素な屋根のある休憩スペースのベンチで休憩する。よく見ると近くには古びた別荘みたいな小屋がある。でも、小屋からは人の気配が感じられなかった。  休憩所のテーブルは木でできているのに、星空を反射したようにキラキラして見えた。思わず二度見すると、鱗のようなものが貼り付いている。私はその鱗を拾って掌にのせてみた。夜のキラメキがひとひらの中に凝縮されたように輝いている。私はそれにしばらく見とれていた。  誰も私を知らない場所は落ち着く。いつもより安心した私は、久々に夜が明ける前に眠りに落ちた。
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