ただの夢じゃない

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 目を開けるとそこは昨日と同じ海の中。 「また来てくれたんだね。嬉しいよ」  ソーマがさっそく私に声をかけてくれた。 「こんにちは」  勇気を振り絞って挨拶をした。陸にいる時より、大きな声を出せた気がする。だって、ここなら苦しくない。 「こんにちは」  ソーマが笑顔で答える。昨日と同じ、素敵な声。 「みんなを呼んでもいい? みんな、流奈に会いたがってる」  私がキョトンとしていると、ソーマが岩陰を指差す。この間会った女の子たちを含めた何人かの私と同い年くらいの人魚が遠くから様子をうかがっている。男の子も女の子もいた。断るのも感じ悪いので頷くと、ソーマがみんなを呼びよせた。 「はじめまして! よろしくね、流奈」 「あたし、アミカ! 仲良くしてね」  みんなが次々と歓迎の言葉を口にしてくれる。 「流奈です。よろしくお願いします」  緊張で声が裏返ってしまったけれど、綺麗な声の彼らは誰一人として私を笑わなかった。  人魚は群れをつくる。その共同体はスクールというらしい。スクールの子供たちは、同じ年に生まれた者同士で集まって行動する。そして、スクールの子供たちは大人から人魚の社会で生きていくすべを習う。名前の通り、まるで学校だ。  ソーマが所属するスクールはサファイア・スクールというらしい。私はサファイア・スクールに受け入れられた。 「ねえ、陸ってどんなところなの? 陸にもスクールってあるの?」  その質問を聞いて、顔がこわばった。学校の話をしようとすると、うまく話せない。分かってる。相手に悪気なんてないし、誰だって異世界から来訪者が来ればその世界のことを知りたいはず。ちゃんと答えなきゃ。 「おいおーい、そんなに質問攻めにしたら流奈が困ってるだろ?」  私の様子がおかしいのに気づいてくれたソーマがさりげなくフォローしてくれる。 「あっ、ごめん流奈!」  私に質問した子は何も悪くないのに謝ってくれた。逆に申し訳なくなる。せめて話せる範囲で、陸のことを話そうと思った。 「山が、あります。あと、犬とか猫っていう可愛い生き物がいます」  ただでさえ元々人見知り気質なのに、誰かと話すのは久しぶりだからこんな世間話ですら噛み噛みだ。なのに、みんな私の目を見てちゃんと話を聞いてくれる。だから怖くなかった。あがりはしたけれど、決して嫌な緊張感ではなかった。  普段は学校にいる時も、家にいる時も早くこの時間が終わってほしいとしか思わないのに、夢の世界は時間の流れがとても速く感じられた。ずっとここにいたい。私が掌の中のソーマがくれた鱗に視線を移すと、またもソーマが気を遣ってくれる。 「ああ、それ、ずっと持ってるの大変だよね。ちょっと待ってね」  そう言って、ソーマは私の左手に手をかざした。私の手が光に包まれる。真上からはずっと巨大な月が私たちを照らしていて、それはさながら神秘的な儀式のようだった。神事のような一連の動作が終わると、鱗は私の薬指と同化してラインストーンをちりばめた付け爪のように輝いていた。確かに、これでなくす心配はない。お礼を言おうとしたところで、私は現実に引き戻されてしまった。
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