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時は流れて
思うように逢えない切なさや淋しさを堪えながら、巡る季節を先生と共に過ごした。今年の先生の誕生日も雷太さんと夏海くんと皆んなで祝って… まぁ、うん、楽しかった。
本当は二人が良かったけど、我が儘は言わない。
行事や事あるごとに去年を思い出してはフフッと笑う。
でも、思い出したくない事だって思い出した。
そう、クリスマスのあの事件。思い出すと今でも体が震える。
「あの時の、男を二回目に殴る前の言葉、『今度は俺の分だ』って、どういう意味だったの?」
ある時に訊いてみた。
「そんなこと言ったか?」って誤魔化されるかと思ったけど、先生はちゃんと答えてくれた。
「大切な葵葉に… って思ったから」
素直にそんな風に答えてくれて嬉しかった。
「あんな思いさせてごめん、守ってやれなかった… ごめんな」
急にそんな事を言って僕を抱き締めるから、僕だって驚いた。
「ずっと謝りたかった、でもまた話しを蒸し返して葵葉に思い出させるのも嫌だった。怖い思いさせてごめん」
先生のせいなんかじゃない、抱き締められた胸に顔を埋めて、先生もずっと辛かったんだと思い僕もギュッと抱き締める。
そして、あの事を何でもない様に思える日が必ず来るって、そう思えた。
今年の初詣は、先生と雷太さんと夏海くんと四人で行った。
皆んな『大吉』だったのに、先生だけ『凶』ですこぶる機嫌が悪い。とっとと木に結んで「帰ろう」と言い出して、皆、苦笑い。
「今年も良い年でありますように」
帰り際、もう一度振り向き本堂に向かってお辞儀をした。
そんな毎日を送りながら一年生も無事に修了し、風も暖かくなった頃、雷太さんが先生に話す。
「夏海も通学遠くて大変だろう? 夏南央も仕事で遅いし… 」
「もう一年間そんな生活です、慣れましたよ、夏海もバイトで忙しくしているし」
「ここに越して来いよ」
えっ?
雷太さん、本当にっ!?
「いえ、だからそれは… 」
一年前、父親が先生に『望月亭』の仕事を手伝ってほしいと頼み、その代わりにこの家に住んで構わないと提案した。
でも先生はその話しを断って今のアパートに引っ越し、小学生対象の学習塾に勤めている。
「仕事の話しは関係ない、勿論今のままでいい、ちゃんと銀治さんの了解も貰ってる」
「いや… そんなわけには… 」
「家賃と食費は貰う、これでどうだ?」
父親の借金はほぼ返し終えたと言っていた先生、出来れば、ううん、絶対にここに戻って欲しいと願う僕は固唾を呑んで先生の答えを待った。
夏海くんもきっとそうしたいんだろう、バイトで忙しいと言ったって先生が帰って来るまでは一人だし、たまに皆んなで会うと凄く嬉しそうだもん、それでも黙って横目でジッと先生を見ている夏海くん。
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