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またひとつ屋根の下
「う、ん… いいのかな?お言葉に甘えても… 」
遠慮がちに、そう言うと雷太さんを見た。
「勿論だよっ! 大歓迎だっ!」
思わず夏海くんに目を向けると目が合って、二人して顔中を綻ばせた。
「雷太さんもいてくれるし、安心して仕事ができるから有難いです」
夏海くんの心配をしていた先生、食事だって簡単なものばかりで気になっていたと言いながら、続けて言い辛そうに話す。
「この前の三者面談で、今住んでるのは埼玉ですよね? って確認されて… どうしようかと思ってたんです。夏海を転校させるのも可哀想で… 」
ここに越してくれば、先生だって夏海くんだって仕事場も学校も近くなるし、雷太さんのご飯も食べれる、それに僕は毎日先生に会えるじゃないか! 踊り出しそうな位に嬉しかった。
桜の蕾は大きく膨らみ、幾つかは可愛い薄ピンクの花びらを見せている、あの公園にまた二人で出掛けた。
今度はちゃんと夜桜、弾む心が更に何倍も綺麗に見せてくれる。
「先生、嘘みたいで今でも信じられないっていうか… 実感がない、また一緒に暮らせるなんて… 」
「うん、俺も有り難すぎる話しで実感が湧かない」
ほのかに微笑みを浮かべて僕を見て、腕を少し上げたから、僕はその隙間に腕を通して絡ませた。
ああ、なんて幸せなんだ。
善は急げ、新学期が始まる前に先生と夏海くんが僕の家に引っ越して来た。
長く空けていた部屋を、夏海くんの為に大掃除する雷太さんが嬉しそうだ。先生が使っていた部屋はそのまま、また先生が使う。
一緒に掃除をしながら雷太さんにお礼を言った。
「雷太さん、ありがとう。先生と夏海くんを呼んでくれて」
「ん? 銀治さんから言って来たんだ」
「お父さんから?」
「葵葉がK大に入れたのは、完全に夏南央のお陰だってな、それに大学に入ってからの葵葉は随分としっかりしてきたって、何かお礼がしたいってな、だからここに戻って貰えるように話ししていいですか?って言ったら、銀治さんがそれはいい考えだって喜んでた」
最高だよ、雷太さん!
また、ひとつ屋根の下で先生と暮らせるんだ、こんなに嬉しい幸せな事なんてないよ!
「こんなに大きな家で暮らせるなんて、兄ちゃん、僕はお金持ちになった気分だ!」
興奮し頬を紅潮させ、夏海くんが目をきらっきらさせて言う。
「ちゃんと雷太さんの手伝いをするんだぞ」
「うんっ!」
鼻の穴が大きく膨らんでいる。可愛い。
毎日、四人分の炊事洗濯なんかをするのが楽しみみたいで嬉しそうな雷太さんが、
「夏海、高校にお弁当持って行くか?」
満面の笑みで夏海くんに訊いている。
「いいの!?」
「夏海、調子に乗るな」
先生に制されて少し悄気たような夏海くん。
「何、ちゃんと食費は貰うんだから遠慮するなっ!」
わっはっはっはlと笑う雷太さんは本当に嬉しそうだ。
「えー、じゃあ僕のも作ってよ」
高校の時には毎日作ってくれていたのに、大学に入ってからはお弁当を作ってくれない。
「葵葉、大学の学食が美味いってエライ感動して、明日は何食べようかなぁーなんて嬉しそうに言ってたじゃないか」
え?そんな失礼な事、言ったかな?
… 言ったかな?
… 何となく覚えがあるような、ないような… 拗ねた感じの雷太さんにどうしようかと思う。
「夏南央も作るか?」
「え?そんな、申し訳ないです」
「そうだよっ!作って貰いなよっ!先生っ!」
お弁当を持って行けば、仕事場の人にそういう人がいるって思わせられる、変な虫が付かない、好都合だ。
「じゃあ俺もお弁当にして昼にそれを食うか、三人で同じ昼ご飯だ」
「何でよっ!僕のも作ってよっ!」
「葵葉は大学の学食を食え」
「何でよ〜!」
四人でケタケタと笑って、もの凄く楽しい。
こんな楽しい生活がこれからもずっと続いて、愉快に過ごして行くんだろうな。
ずっと続いて行くんだと、ずっと笑って行くんだと雷太さんの、夏海くんの、先生の笑顔を見て、そう思って僕も笑った。
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