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微かな乱風
「僕のこと、呼んだ?」
僕を見たまま寄ってくるんだ、そうだろうと思うけど何でだろうと訝しむ。
「一緒に飯、食おうぜ」
「… 何で?」
「え?昼だからに決まってんじゃん」
何を馬鹿な事を言ってるんだよ、と僕の肩を抱いて歩き始める。
え? ちょ、ちょっと待って待って。
「あの、話すの初めてだよね?」
「うん、俺の事、知ってる?」
「に、二階堂、くん?だよね… 」
「そうっ! 嬉しいなっ!知っててくれて」
嬉しそうに満面の笑みの二階堂くんを、不思議いっぱいの顔で見つめる。
「あの、僕… お昼持ってきてるから… 」
何だかんだ言いながらも、雷太さんは僕の分のお弁当も作ってくれる様になった。嬉しい。
って、そんなことより、今思うのは、そういう事じゃない。
「じゃ、一緒に学食で食べよう、なっ!」
俺は日替わり定食にする、とか僕の手首を掴んでズンズンと進む。
「二階堂くん!一緒にランチしない?」
全身ブランド物で固められた女子学生が声を掛けてきた。
「あー悪い、俺、葵葉と昼メシ食べるから」
手をひらひらとさせて、声を掛けてきた女子学生に笑顔で断っている。
「あ、の… いいよ、僕、別に… 」
だってそんな、いきなり現れて… あの女性、僕の事を睨んでるじゃん。
「え〜なに?そのお弁当、マジで美味しそう!」
雷太さんが作ってくれたお弁当を広げると、二階堂くんが羨ましそうに覗き込む。
「お母さんが作ってくれるの?」
あ、えっと… 何て言えばいいのかな?
「ん… と… 」
「ハウスキーパーさん?」
流石、御曹司だけある。
母親じゃなければハウスキーパーと浮かぶ所が違う。
二階堂くんは大手製薬会社の御曹司。
K大は難関大学だけれども、御曹司や御令嬢が多いのも有名で皆、附属の幼稚園の時から通っている人が殆ど。
『望月亭』も今や大きな会社になっているけれど、筋金入りの御曹司、御令嬢と一緒には並べない。
でもそんな事、僕は全然気にしないけど。
「うん、凄く料理が上手で美味しいんだ」
「へぇ〜いいなぁ、うちにはそんな美味しそうなお弁当作ってくれる人なんて、いないから」
そうなんだ… 良いところの御坊ちゃまでも不満はあるのかと思い、気不味さを含んだ顔で二階堂くんを見つめた。
「なぁ、その玉子焼き、ひと切れだけくれないか?」
雷太さんが作った玉子焼きを指差して、懇願する様な顔をする。
「いいよ、二階堂くんの学食と交換する?」
「マジでっ!? 」
ミスターK大候補の二階堂くんの笑顔は眩しかった。
オンライン授業を初めて受けた日の、夏南央先生の笑顔を思い出させた。
「う、うん… 」
僕はちょっと頬が赤らんで、お弁当と学食を交換して二階堂くんと食べた。
美味しい、美味しいと絶賛して雷太さんのお弁当を食べる二階堂くんを微笑ましく思えた。
素直に感情を顕にする二階堂くんに、好感を持てずにはいられなかった僕。
ただ、良い人だと思っただけだよ。
だから、勘違いしないで… 。
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