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それから毎日、二階堂くんは僕を探しては声を掛けてくる様になった。
「葵葉、葵葉っ!次、第一講義室だよな、一緒に行こうぜ!」
そう言って僕の肩を抱いた。
この懐っこさ、貴彦を思い出させたけれど、かなり違う感じはした。
「う、うん… 」
戸惑いながら二階堂くんに応える。
「二階堂くんさ… 」
「理士って呼べよ」
「え? あ、うん… 」
理士と呼ぶには抵抗を感じた。
「二階堂くんでいいかな?」
「なんで?」
「うん… 二階堂くんは理士よりも二階堂くん、って感じだから」
よく分かんない理由を言うと、ゲラゲラと笑って「葵葉らしいなっ!」と喜んでいる。僕らしいって、そんなに僕の事を知らないよね。
でも何で、僕にこんなに近付いてくるのか分からない。
一年生の時は色々と必死で、大学に、周りの雰囲気に、講義に慣れるのがやっとだったから、遅いかも知れないけれど漸く周りが見え始めた頃。大学はギリギリ合格だったと思う、単位試験だって僕には簡単なものじゃない、先生が傍にいてくれなかったら留年していたかも知れない。
親しくなれた人はいない、挨拶程度、楽しくお喋りする程度の人で、『友達』と呼べる程の人は出来なかった。
でも二階堂くんの事は知っていた、沢山の人が注目してから。
家では夏南央先生、大学では二階堂くんと、顔面偏差値の高い人ばかりと顔を合わせている。テレビで見る俳優さんやモデルさんなんか、かすんで見えてしまう程だ。
「ねぇ、葵葉、その髪型さ、変えてみない?」
お昼を食べながら二階堂くんが、僕の髪を指先で摘みながら言う。
「え? なんで? …… 変?」
「ううん、変じゃないよ。でも、もっと葵葉に似合う髪型があるよ」
にっこりと笑って「どう?」と眉を上げる。
グラデーションに刈り上げた軽めのマッシュショート、清潔感と爽やかさが出る様にとカットをお願いしている。
ミスターK大候補の二階堂くんが言うんだ、きっと悪くはならないだろうと思ったし、髪型を変えたら先生、びっくりするかも知れない、そんな事を思って少しワクワクもした。
「な、行こう行こう!」
と二階堂くん御用達の美容院に連れて行って貰う。
なかなか予約が取れないトップスタイリストさんらしいけど、電話一本で、
「これから行くから」
と僕の施術の予約を入れた。
流石、御曹司。
耳上と襟足を刈り上げたツーブロックマッシュ、トップにレイヤーを入れて柔らかく、センターより気持ち左側に分けゆるくふんわりとスパイラルパーマをかけた。
僕じゃないみたいだった。ちょっと大人びて見えて、鏡に映る自分に照れた。
「スッゲー!葵葉っ!目茶苦茶いいよっ!」
そんな風に二階堂くんに言われて、恥ずかしいやら嬉しいやらで満更でもない笑顔になる。
最初に思ったのは、夏南央先生、どう思うかな?
褒めてくれるかな?
似合うって言ってくれるかな?
少し、浮かれた。
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