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不穏な匂い
先生とは週に一度位しか会えない。
土、日が休みの先生だけど、土曜日には自主学習で塾に来る子もいるからと仕事に行く先生、手当も出て助かると言う。
土曜日の仕事終わりで待ち合わせて先生のアパートに行く時もあれば、そのままホテルで愛し合って、別れて互いの家に帰ったりする時もある、そんなデート。
物足りない。
僕の家に下宿をしていた頃は当然ながら、毎日顔を合わせていた。恋人同士ではなかったけど。
それに日曜日、夏海くんも一緒に出掛ける事も多い。
夏海くんが邪魔って訳じゃないんだよ、決して、本当に。
夏海くんが東京に戻って来れるまで、兄弟離れて暮らしていたから、夏南央先生だってその期間の穴埋めをしたい気持ちだって分かるよ、でも… 僕は先生ともっとイチャイチャしたい。
「葵葉、俺、ちょっとあの店見たいけど、お前どうする?」
「じゃあ、ここに座って待ってますから、ゆっくり見てきてください」
大きなショピングモールで、あちらこちらにある椅子の一つを指差した。
「夏海は? 夏海も待ってるか?」
「うん」
夏海くんと二人して椅子に座って、少し歩き疲れた足を休めた。
「ねぇ、葵葉さん」
「ん?なに?」
「兄ちゃん、いつもあんなに威張ってるの?」
え? と思う。
威張ってる? そうか、僕にとっては、ずっとあれが夏南央先生だから威張ってるとか感じた事がなかった。
それに… 二人の時は少し違うんだ。
「あんな風じゃ、葵葉さんに嫌われちゃうじゃんね」
「ええ? そんな事ないよ、先生、ああ見えて優しいんだよ」
そう、二人の時はちょっと優しい、というか… これでもかという位に愛してくれる。
心配して口を尖らせている夏海くんが可愛い。
「『先生』って、これからもずっとそう呼ぶの?」
兄弟揃って同じ様な事を言うんだな。
「うん… だって『夏南央さん』ってなんか、よそよそしい感じがして嫌… かな?」
「『夏南央』でいいじゃん」
えっ!?
夏海くん、無茶言うなぁ、ドキドキするじゃん。
「お待たせ、さ、帰るか」
店を見終わり、僕達の元に戻ってきた先生が止まる事なく歩き続けるから、僕も夏海くんも慌てて立ち上がり小走りで追った。
「兄ちゃんっ!」
「なんだ?」
「いつもそんな風に葵葉さんを振り回してるの?」
ちょ、ちょっと夏海くん… 僕は別に大丈夫だからさ… 本当に何とも思ってないのに、はたから見るとそう見えるのかな? 夏海くんの腕をチョイチョイと引いた。
「葵葉、振り回されてるのか?」
そんな事を僕に訊く。
全然っ!そう答えようとしてるのに夏海くんの正義感(?)が強い。
「振り回してるよっ!そんなんだと葵葉さんに愛想尽かされるからねっ!」
「そうなの?」
チラリと僕を見るから、ブンブンと首を横に振る。
イケメン兄弟がショッピングモールでやいのやいのしてるから、ほら、皆んな見てるじゃん、やめなよ、本当に… 僕が一人で焦るだけ。
そんな時。
「あらっ!?ショウじゃないっ!?」
夏南央先生を見て、随分とケバケバしい女の人が驚きながらも嬉しそうな声を上げた。
誰?
夏海くんと二人、眉がひしゃげた。
不穏な匂いがぷんぷんする。
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