不穏な匂い

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「もしあの(ひと)がセックスしてって言ってたら、どうしてたの?」 床に手を突き倒れた僕は、先生に抱き起こされて二人で立ち上がり、拗ねたように不満気に先生の顔を少し睨むようにして見つめた。 「そんな要望、聞くわけねぇだろう」 怒った様に先生が言う。 「夏海くんに、レンタル彼氏のバイトの話しをバラすって言われても?」 先生の目が泳いで口が尖って困った顔をしている。 先生は僕と二人だけだとこんな顔もする、これを見たら皆んな僕が先生に振り回されてるとか、泣かされてるとか、そんな事思わないでしょう? でも、こんな顔は他の誰かがいると絶対に見せない先生、クール過ぎる。 「何とか誤魔化して上手くやるよ、女とは… 」 「じゃあ、何で今日だって誤魔化さなかったの?」 あんな風に女の人と一緒に何処かへ行ってしまう先生の姿なんて、二度と見たくない。 「上手くやるって言ってんだろう、いい加減にしろ」 いい加減にしないと、本当に怒り出すから要注意だけど。 「…… 」 何も言えなくなって黙っていると、先生の唇が僕の唇を塞いで深いキスになる。 「好きなのは葵葉だけだ、どうしようもなくお前が好きだ」 一度唇を離すと、チュッチュと軽く何度も触れながら言ってくれる。そんな言葉に、キスに満足して僕は先生にやり込められてしまう。 先生の言葉は本心だって思える、でも、やっぱり不安は拭えない。 二人揃ってダイニングに姿を現すと、夏海くんの不機嫌そうな顔が迎えた。それでも先生を責める事はなくてホッとする。 きっと今日の話しをして、レンタル彼氏のバイトと関係があるのだろうと察した雷太さんが上手く夏海くんを諭したのかも知れない。 雷太さんは困った様な顔をしながらも、まぁ、座れ、と笑って先生に言った。 「お茶でも飲むか?」 きっとご飯は食べてきたんだろうと思った雷太さんが、先生にお茶を勧めた。 「ご飯は?」 夏海くんが不貞腐れながら先生に訊く。 「ん… 貰おうかな? ありますか? 雷太さん」 ご飯は食べてない事にしたい先生が無理をして答えている。 不憫だ。 「あー悪いな、もう無いんだ」 流石、雷太さん。 「じゃあ、僕のあげるよ」 「いいよ、夏海は自分の分をちゃんと食べろ」 あげるよ、いいよ、とまた兄弟で揉めているから雷太さんが痺れを切らした。 「あー!あったわっ!夏南央の一人分なら何とかあるわっ!」 いや、結構な量のご馳走だから見た目で先生の分だって余裕であるよね、と僕は傍観している。 ずっと不貞腐れている夏海くん、帰り道なんかで問い詰められないかな? って少し心配になった。 先生みたいにカッコいい人、レンタルじゃなくて本当の彼氏にしたい人なんか山ほどいるだろうと思う。 再会なんかしたら、そんなチャンスを逃す人もいないよね。 この先だって、今日みたいな事が無いとは限らないだろうし。 僕の心配は果てしなく続きそうだ。
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