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わたしは、たまに無性に死にたくなる。それは現時点で不幸が起こったときじゃない。不幸が起きてから死んだって、苦しんだ後ではもう遅い。
未来に起きうる不幸に怯えて、不幸がやってくるよりも先に死んでおきたくなるものなのだ。
椿屋綺世は、行為の序盤で「死にたくなってきた」と言った。わたしとするのが嫌ならしなきゃいいのに!と思ったけど、その本意を確かめることはできなかった。
「今日、親いないから」
放課後、わたしを自宅に招いた椿屋くんはまるで初々しいカップルみたいなせりふを吐いて、恥ずかしそうに視線を逸らした。不思議な人だ。
「なんか飲む?」
「おかまいなく。わたしたち、ふたりでお茶する仲でもないし」
遠慮して断ると、椿屋くんは「あ、そ」と頷いた。わたしの前を歩いているので表情は見えない。
のぼっている階段には幼少期の椿屋くんとそのお姉さんらしき少女の写真が飾られており、その温かみが余計に背徳感を煽ってくる。
親御さんがいらっしゃらないタイミングでお邪魔するのは申し訳ない気持ちになったけど、この感情を知ることが“はじめて”を体験する意義なのかもなどと考えて納得させた。そんなわけないけど。
「ほんと、なんでそんなに頭わるいの」
椿屋くんの部屋に入るなり、彼はドアを閉めながら溜め息をついてそう言った。白っぽくて、物が少ないよく片付いた部屋だ。
「わたし、どっちかといえば頭いいよ」
「じゃあなんで、ぼくなんかの部屋に来てるの? 何されるか分かってる? 分かったうえで来たなら、脳細胞がつるつるのあほちゃん」
「こっちは椿屋くんの条件を飲んであげてるのに、そこまで言われる筋合いないし。あと、わたしの灰色の脳細胞はしわくちゃです」
大切にとっておいたわけじゃない。今から何を行うのかだってなんとなく分かっているけど、まあいいやって思ってしまった。
わたしは、自分を納得させるのがおじょうずだ。諦めとも妥協とも違うつもりだ。自分なりの理屈をこねて、外部から与えられる結果を受け入れてきた。それがわたしの処世術なのかもしれない。
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