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「ほんとに、していいの?」
わたしをゆっくりベッドに押し倒した椿屋くんが、いつになく真剣な眼差しで最終確認みたいなことをした。この瞬間の表情は何年経っても感情の意図が掴めなくて、そのくせ脳の裏側にこびりついて剥がれない。
「だって、染井さんって是永これながのこと好きなんでしょ?」
覆い被さる椿屋くんのもとで、わたしはひゅるりと息をのんだ。指された場所が図星だったから。
誰にも告げたことのない、謂わば秘密の恋であったはず。たとえわたしの好意が透けていたにしても、それを他クラスの男子に知られているとは夢にも思っていなかった。
「なんで、それ」
「知ってるのって? ぼくが是永と幼馴染だから」
「是永くんも知ってるってこと?」
「知ってるでしょ、そりゃあね」
ずんと胸に痛いものが突き刺さる。わたし、どうしてこんなところで失恋しているの。
是永くんは椿屋くんのことを「椿」と呼ぶ、唇が真っ赤な美少年だ。椿屋くんみたいに派手で華やかな雰囲気はないのに、なぜだかつねに女性の影が付き纏う人。
わたしみたいな色気もない優等生では釣り合わないし、相手にされないことくらいとっくに分かっていた。分かっていたけど、きついなあ。分かっていたから、納得してここに来たというのに。
「きょうの染井さん、奪われてばかりだね」
下から見上げるアングルでも、椿屋綺世はうつくしかった。皺ひとつない首筋はやけに白く一粒のほくろが置かれていて、微かに動く喉仏の雄っぽさがやけに妖艶だった。
この天使に穢されれば、わたしも少しは色っぽくなれるかもしれない。そうすれば、是永くんと近付くことだって叶うかもしれないでしょう。
「ほんとに、していいよ」
わたしが頷くと、椿屋くんは「ばか」と弱々しく罵倒してからそっと口づけをひとつ落とした。その柔らかさに眩暈がして、ファーストキスは無味だった。
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