200人が本棚に入れています
本棚に追加
わたしの素肌に触れる指先は壊れかけのたからものに触れるかのように繊細で、ほんの微かに震えていた。
「痛かったら、左手あげてね」
「ここ歯医者さん? 道理で家具が白いと思った」
「なんでも口に出しちゃうその病気、ぼくが治療してあげたいよ」
僅かな痛みも与えないよう丁寧な刺激だけを降らせる天使がどんな苦痛も取りこぼさないよう命令を下す。一年前、旧音楽室で写真に収めた彼の行為とは似ても似つかない。
とろける空気に耐えきれなくなって、制服を脱がされてゆくわたしがふざけてしまうと椿屋くんは眉を顰めた。それにも臆さず、次の質問を飛ばしてみる。
「どうして、わたしが是永くんのことを好きだって知ってるの? 是永くんに聞いた? それとも、」
「ほんとに黙って」
痺れを切らした美少年が無駄口ばかり叩こうとするくちびるを、触れるだけのキスで塞いでしまった。これ、知ってる。ロマンチックな映画でみるやつだ。
息が苦しくなって彼の胸を叩くと、伏せられた睫毛の奥にある瞳と視線がぶつかる。口づけが離れた途端に止まっていた呼吸が再開され、大きな口を開けて深く息を吸い込んだ。
その隙にあつい舌が差し込まれ、歯の裏側をなぞられる。むず痒いような、逃げたくなるような激しい気分。体験したことのない感覚に襲われて、ちっとも痛みは感じなかったけど、わたしは小さく左手をあげた。
すると、彼はすぐに離れて「どうした?」と小首を傾げてくれる。まさか低いところで出した合図を拾ってもらえるとは思わなかったので、その心遣いと視野の広さに緊張の端っこが和らいだ。
「あの、ちょっとこわい」
どうせばかなので、ばか正直に言うだけ言ってみると椿屋くんは目を細めて笑ってくれた。桜色のくちびるが弧を描き、彼特有の透明感が発光していてもはや胃の中まで透けそうだ。レントゲンが必要ない。
「ぼくのこと、是永の代わりにするといいよ」
やさしい片手がわたしの瞼に降りてきて、視界は暗闇に塗り替えられた。もう片方の手にわたしの全ての指は絡めとられて、これは恋人同士の繋ぎ方だなと思った。
最初のコメントを投稿しよう!