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事件が起こったのは、滞りなく染井絹の処女強奪式が執り行われたあとである。
蒸された部屋に置かれた小さなごみ箱には、行為の抜け殻みたいなごみが新たに捨てられた。丸められたティッシュペーパーが人間臭くて生々しく感じてしまう。
上裸でスマートフォンを触る椿屋くんから逃げるように背を向けたわたしは、制服を身に付けている最中だった。
彼は「是永だ」と呟いてから咳払いして、「もしもし?」と話しかける。
意中の相手の名前が呼ばれてシャツのボタンを留めながら振り返ると、ベッドの上にはスマートフォンを置き、そこに向き合っている椿屋くんの姿がある。
『もしもし? いま大丈夫?』
スピーカーモードになっているらしく、電波を通した是永くんの声が返ってきた。耳に当てて話せばいいのに、わざとスピーカーにしているのは彼の性格がわるいからだ。
わたしがきつく睨みつけると、椿屋くんは口角を高く釣り上げて意地悪くわらった。嫌な予感が全身を駆けるけど、だからってもう遅い。
「ねえ、是永って好きな子とかいないの?」
『は? なに、急に』
「なんとなーく気になって」
椿屋くんによる脈絡の無い問いかけに彼の幼馴染はいっきに声色を低く下げた。同時に部屋の温度もぐんと下がり、なんとなく肺が満たされたような気分でいたわたしだが進んでいた先は崖だと気付かされる。
『いるけど、どうせ手に入らないから話したくない』
「幼馴染のぼくにも言えないの? せめて好きなところだけ教えてよ」
『高潔で、とびきり綺麗なところ』
つねに手前に用意してあるような、淀みのない受け答えだった。そんな一言でわたしは絶望の淵に立たされる。
わたしを崖まで導いてきたのは確かに椿屋くんだった。だけど、わたしの背中を押して真っ逆さまに突き落としたのは他でもない是永くんだ。是永くんにしかできないこと。
「もしかして、染井さんとか? 綺麗な子だし、おまえに気がありそうじゃん」
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