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是永くんは身につけるものがカラーレスなので、真っ赤な唇だけが鮮やかに色づいて見える。上質そうなカシミアのマフラーも背負っている四角いリュックも灰色だった。
自分の身なりに無頓着なくせに、その退廃的なところが彼の魅力を磨いてしまっているという矛盾を自覚しているところが憎たらしい。
「椿のおうちにいたの?」
「あー、うん、まあね」
歯切れの悪い返事をしたわたしを冷ややかに見据えた是永くんは、微かに口角を持ち上げてわたしの首に巻かれたマフラーをそろりと撫でる。
「似合わないね」
マフラーについての感想だということは疑う余地もない。おそらくは椿屋くんの私物であるということまで把握したうえでの感想だろう。
しかし、その発言の真意が掴めない間抜けなわたしは人形みたいな綺麗な顔を見つめるしかできなかった。
椿屋くんの色素は光に透けるような淡い色味を複雑に重ね合わせて構成されているが、是永くんが持つ色素は白と黒と赤の三色限りで成り立っている。
そのミステリアスなところにわたしは今日も飽きずに惹かれていた。
「染井さん、寒いのに引き止めちゃってごめんね」
「ううん、是永くんはこれから椿屋くんのお部屋に?」
「そのつもりだったけどやめる、なんか気分が悪くなった」
是永くんは、周囲に遠慮のない言葉選びをする人だ。だってこんなの、わたしのせいで気分を悪くさせてしまったと暗に言っているも同然である。
わたしはどうしてかいつも彼に嫌われてしまうのだ。だから、会えたら嬉しいという感情よりも「また嫌われてしまうのでは?」という不安が手前にきてしまう。
そういう卑屈なところもまた彼の気分を害させているのだろうから、やっぱりこの不毛な片思いは負のスパイラルにしかなりえない。不景気な世界だな。
そうは分かっているものの、どうしたってこれ以上もう嫌われたくないわたしは「ごめん」と弱々しく口にした。すぐに謝るところも、きっと良く思われていないのに。
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