面倒な優等生

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面倒な優等生

 翌日、いきなり授業を潰して学級会というダルくて無意味なものが始まった。担任の宮本先生は五十代のベテラン女性で結婚してて子供がいる。先生は昨日の平山とあたしの口喧嘩をしっかり把握していた。 情報源は学級委員の真面目女子、赤川さんだろう。先生のお気に入りで冗談やギャグや下ネタが大嫌い。昨日の言い合いのときに耳を塞いでしゃがみ込んでいた。あたしが一番嫌いなタイプの女子、じょーひんなお嬢様。 「平山くん、牧田さん、お互いに謝りましょうね」  先生に促されてもあたしは無視して、机の上に堂々と広げた文庫本を読んで聞こえないふりをする。学級会なんて時間の無駄でしかない。平山は平山でゲームボーイを机の上に出して音を出してゲームに熱中している。音から推理するに落ち物パズルゲームのようだ。あいつにパズルを組み立てて連鎖消しする知能なんてあるんだ。妙な所で感心してしまった。 無視を決め込む私と平山に先生は業を煮やして、金切り声を上げる。 「いい加減にしなさい!それが人の話を聞く態度ですか?」 あたしはちらりと文庫本から目を逸らして、先生を小馬鹿にした態度で答える。 「すみま洗濯機~、これでいいですよね?男とヤリ続けりゃ生理は来ないなんてアホな事を言う奴に謝る理由がないんで」 平山は平山でゲームを一時停止してからへらへら笑いながら言う。 「ごめんなサイレンピーポーピーポー、こっちも事実を言っただけで悪気とか別にないんで」 激昂した宮本先生は教卓を出席簿で叩く。 「二人とも廊下に立ってなさい!学級会終了、授業を始めます!」 よりによって犬猿の仲の奴と廊下に立たされた、最悪だ。あたしの文庫本と平山のゲームボーイは没収されて退屈この上ない。 「なあ、これって体罰じゃね?」 平山が話し掛けてくる。うざいけど仕方なく返事をする。 「そうだよ、大人しく立ってる必要なんてない。教育委員会にチクれば良くて注意悪けりゃ減給」 平山は首を捻って聞く。 「ゲンキューって何だよ?」 あたしはこんな簡単な言葉も知らない平山を嘲笑うように得意気に答える。 「お給料を減らされるの。廊下に立たせたなんてどうせ校長にも言えないから、バックレる。先生に上手く言っておいて」  あたしは平山を置いてきぼりにして、スタスタと昇降口に向かって歩き出す。廊下を抜けて階段を静かに降り始める。金魚のフンのようにあたふたと平山が追いかけてくる。 「バックレはいいとして、どこに行くんだよ牧田」 昇降口で靴を履き替える。スニーカーの中敷きと靴の底の間から千円札を取り出してみせる。 「ゲーセン行きたいけど補導されそうだし、U大の御前池で時間潰そうかな。大学の正門前入口のコンビニでお菓子とジュース買って。あそこなら補導されない。学校がダルいときによくあそこのベンチでサボって本読んでる」 「てか、なんでそんなとこに金隠して持ってんだよお前は」 「ん?帰国子女だから。向こうで子供がお財布なんて持ってるとスリかひったくりに遭う」 「外国かよ、どこにいたんだ?」 「マドリード」   「レアルマドリードの?すげえなお前」 「低学年で帰ってきたからスペイン語は全然喋れないけどね」 「マドリードってスペインだったんだ、マドリードって国だと思ってた」 馬鹿で間抜け過ぎる平山の発言に、不意に笑いがこみ上げる。マドリードの歴史の説明をしてもこいつはたぶんついて来られない。マドリードが国というのは半分は当たってるけど半分ハズレ。あたしの後をくっついて来て、バックレのサボりのスリルを楽しんでる平山。 共犯者のような感覚で、昨日の険悪さが少しだけ薄れてきた。
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