そして僕は酔い潰れる

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 目を覚ますとひどい頭痛だ。最近はいつだってこんな感じだ。皆が僕にお酒を飲ませるせいだ。毎晩のようにお酒に誘われ、たくさん飲まされる。毎日のように飲んでいるおかげで、お酒に強くなってそう簡単には酔わなくなってきた。だからますます飲まされる。  昨日はどんな夜だっけ? 大きな目。長い睫毛。蘇る甘く苦い記憶。ああそうだ。思いだすんじゃなかった。昨日はひどい夜だった。 「前島くん、今日の夜ひま? 良かったら飲まない?」  好きな女の子にそんな風に誘われて断れる奴がいるだろうか? 断るなんて選択肢はなかった。でも断った方がいいことは本能で分かっていた。  君野さんの大きな目に吸い込まれるように、気が付くと大学近くの居酒屋で飲んでいた。この店ではもう何回も飲んでいるので、メニューは全部把握している。メニューは適当に頼んでというので、唐揚げ、ポテト、枝豆を頼む。  飲み物はハイボールにした。君野さんはカシスオレンジ。女子が大好きなカシスオレンジ。  飲みながら、君野さんの話を聞く。 「最初は全然本気じゃなかったの。私の方が遊んであげているつもりだったの」  バイト先のレストランのオーナーと不倫をしている。最初は20歳も年上のオーナーと遊んであげているつもりだったのが、いつの間にか君野さんの方が夢中になっていた。奥さんと別れて欲しいと頼むけれど、オーナーはのらりくらりとかわすばかり。どうやら遊ばれていたのは君野さんの方だった。それが分かってからは苦しくて仕方ない。 「ねえ、私はどうするべきなのかな?」  君野さんは大きな目でじっと僕を見てそう尋ねる。大きな目の女性ほど人のことをジッと見つめる癖がある気がするけど、何でだろう? 「別れるべきだと思うよ。不倫は良くない」 「ねえ前島くん、酔ってる?」 「酔ってない。ハイボール1杯じゃ酔わないよ」  君野さんの大きな瞳に妖しい光が灯る。 「すみません」と店員の男性を呼び止める。「このお店で1番強いお酒をください。この人に」  店員の男性は僕の方をチラッと見て、気の毒そうな顔になった。 「テキーラのショットならありますけど」  大学生がよく来るお店だから、何かの罰ゲーム用にそんなお酒が置いてある。 「じゃあそれください」  テキーラのショットなんて、飲んで美味しいものじゃない。少なくとも二十歳を過ぎてようやくお酒が飲めるようになったばかりの僕に、その美味しさは分からない。  塩とライムも小皿で出される。塩を舐めてライムをかじってから飲んだりしていたけれど、すぐに君野さんに取り上げられてしまった。 「そういうのはいいから。早く酔っ払って」   テキーラのショットの4杯目を口に含んだとき、目の前にいる君野さんの顔が揺らいで見えた。元々大きな瞳が、さらに大きくなる。その瞳の中に、景色が見えた。君野さんと、四十過ぎの渋い顔をした男が幸せそうに歩いている。男はスーバーの袋を手に持ち、君野さんはベビーカーを引いている。ベビーカーの中には可愛らしい赤ちゃんの顔。年は離れているけれど幸せそうな夫婦に見える。 僕はテキーラのショットをグイッと飲み干し、グラスを店員の男性の方に向けた。 「テキーラショットで。おかわり」 「ねえ、見えた?」  君野さんはカシスオレンジ1杯しか飲んでいないのに、もう顔が上気している。頬を桃色に染めた君野さんは、いつも以上に色っぽくて可愛らしい。  僕はそんな君野さんを左手で制止してから、右手でテキーラのショットを受けとり、グイッと一気に飲み干した。しばし5杯目テキーラの余韻を楽しむ。 「ああ、見えた。はっきりと見えたよ。悲しそうに泣き崩れる君野さんの姿が」 「嘘!」 「嘘じゃないよ。その男とは早く別れた方がいい。やっぱり不倫は良くないよ」  君野さんは、軽蔑したような、敵意剥き出しの顔で僕のことを見ていた。 「嘘ついてるんでしょう。そんなの信用できない」 「嘘じゃないよ。そんな嘘ついてどうするの?」 「前島くんは私のこと好きだから」  そう言った君野さんは、とても残酷な顔をしていた。 「そうだよね。確かに僕は前島さんのことが好きだ。そんな奴の言うことなんて信用できないよね」  僕は男性店員を呼び、テキーラのショットをもう1杯追加で頼む。君野さんは怪訝そうな顔になる。 「心配しないで。この最後の1杯は僕が自分で払うから。オーナーは君野さんの望み通り、もう少ししたら奥さんと別れるよ。君野さんはオーナーと結婚して、子供をもうける。子供の性別は、言わないでおくよ。未来をあまり教えすぎるのは良くない。二人が幸せそうに歩いている姿が浮かんできた」  それは確かに僕の頭の中に浮かんできた光景だった。嘘はひとつもない。その話を聞いた君野さんに可愛らしさが戻った。 「やっぱり、そうなのね。奥さんとの関係はすでに冷め切っているもの。絶対にそうなると思っていた」  そこで君野さんの携帯電話が鳴る。相手を確認した途端目が輝きだしたから、誰からかかってきたかは一目瞭然だ。 「今日の夜、ええ全然大丈夫よ。そのお店行ってみたかったの、嬉しい」  僕と話しているときとは全然別人みたいだ。オーラがキラキラと輝いている。 「それじゃあ、私行くわね。本当のこと話してくれてありがとう。さっきはひどいこと言ってごめんなさいね。最後の1杯も含めて、全部私が払うから」  そう言い残して、君野さんは颯爽と店を後にした。後にはテキーラにぐでんぐでんに酔っ払った僕だけが残る。 「本当のこと、そう確かに僕は本当のことしか言っていない。僕は嘘なんてついていない」  オーナーは奥さんと別れ、君野さんと一緒になる。子供だって生まれる。  問題はその後だ。5杯目のテキーラを飲んだ後、確かに見えた。オーナーはまた同じような若い女にうつつを抜かし、結局離婚して泣き崩れる君野さんの姿が。 「僕は本当のことしか言っていない。後は、君が自分で選ぶんだよ」  酔い潰れた僕は、一人でそんな事を呟いて、店を後にした。それから先の記憶はない。  酔うと、目の前にいる人の未来が見えるようになった。サークルの飲み会で酔い潰れ、いろんな人の未来を言い当てたのが始まりだった。噂はあっという間に広まり、未来を知りたい学生たちに次々に飲みに誘われるようになった。  君野さんが離婚して泣き崩れているときに手を差し伸べたら、僕にもワンチャンあるかな。  そんなことを考える僕はきっとクズ野郎。  今日の夜も飲みの予定が入っている。
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