96人が本棚に入れています
本棚に追加
「蒼也」
「……父さん」
柚原と一夜を過ごしてから数日経った木曜日の早朝。
自室に父が訪ねてきた。父は遠慮なく中に入ると、スーツに着替える俺を見ながら言った。
「月曜日の夜はどうだった?それが気になって俺はこの数日慌ただしくしてたはずなのに、あまり仕事が身に付いていない」
「……よくいうよ。完璧なプレゼンしたり、雑誌の取材受けてたくせに」
「見てたのか」
「鈴村さんや司馬が、ちゃんと教えてくれるから」
「なるほど。お前の行動は逐一報告を受けているが、俺の動きも知られているんだな」
「お互い様」
最後にネクタイを首にかけて結ぼうとすると、父が近寄ってきて俺の首に手を伸ばしてきた。
「……えっ、ちょっと」
「結んでやる」
「……もう結べるよ」
「初めてスーツ着た時、ヨレヨレになっていたお前のネクタイ姿が忘れられなくてな」
父はふと笑いながら、俺のネクタイを器用に結ぶ。
「……で?柚原光輝とは?……やったのか?」
「……親がこどもに聞くセリフじゃないですね」
「ふん。お前があんなに俺に反抗するからだろう。今更反抗期か?あんな……出世欲もなさそうな、ただの平社員を好きだなどと」
「柚原さんを悪く言わないで」
パシッと、俺は父の手を払った。
すると父は、想定内のような顔をして意地悪く微笑む。
「なんだ。一度肌を重ねたくらいで恋人気取りか?柚原は、お前に見合うような男ではないと言っていたが」
「……そんなことはない。彼は月曜日、俺を優しく抱いてくれた」
そう言うと、父の顔色が変わった。
俺は、メガネ越しに不穏な空気を感じ、父から離れようとしたが、一歩遅かった。
ぐっと腕をつかまれる。
「………痛っ」
「やはり抱いたのか、あいつ。お前を」
「……っ、誤解しないでください。俺が、彼に抱きついただけです。柚原さんが、今日はなにもしないでおこうと言ったところを、俺が無理矢理……。それ以上変なことはしてません」
「…………本当だな?」
「……というか、23歳で……親にそんなこと正直に詳しく話す息子がいますか?」
「他所は関係ない」
「…………とにかく、俺は柚原さんが好きです。告白もしました。もし、柚原さんがオッケーしてくれたら、普通の恋人として付き合います。その時は……本当に抱いてもらうから」
父はそう言いきった俺を見て固唾を飲んだ。
そしてゆっくり、俺から手を離す。
「……柚原に、お前と寝てやってくれと言ったのは俺だ。……わかった」
「え、本当?」
「ただし明日の就業後、柚原をここに呼び出し、そのときに柚原がお前と付き合うとはっきり宣言すれば、な」
「えっ?明日?」
「告白したのは月曜だろう4日もある。考える時間としては十分だ。早速柚原に明日の予定を伝えるよう手配しておく」
父はそういうと話はついたと言い、俺の部屋を出ていった。
………4日、しかないけど、大丈夫だろうか。
俺と同じで父もかなりせっかちだ。
ーーいや、俺が父にそっくりなのか。
最初のコメントを投稿しよう!