side 柚原光輝

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side 柚原光輝

ーーマズイ。マズイぞ。 金曜日の夜に、社長からまた呼び出しがあると昨日出勤したときに山笠から聞いた。 ついでに昼休みに上条にも呼び出され、『明日、社長もいる前で返事をください』と無茶振りされた。 ……なんでこんなことになったんだっけ?俺は穏やかに生活したいだけなのに。 「柚原さん……大丈夫っすか?今日、朝から溜め息ばっかですけど」 「加古川ぁ~」 「なんか悩みっすか?俺、話聞きますよ、今わりと心身とも余裕あるんで~」 「……いいな。俺は今、心身ともにギリギリの崖っぷちだ」 そして金曜日の昼休み。社員食堂で加古川と話しながらまた溜め息が出る。 今日、上条は外で食べてみると言っていた。大丈夫か?と思ったが一応昼休みだけは自由な時間のようで、本人は外食を心待ちにしているようだった。 「で?どうしたんです?」 「………あのさ、加古川……お前、彼女いたっけ?」 「えっ、嫌な質問しますね。いるように見えます?最近の俺の悩みは彼女ができないことくらいですよ。それ以外は順調なんで~」 「……そうか」 「柚原さんの悩みってもしかして女関係?」 加古川は急にワクワクした瞳を向けてきた。女関係だったらまだいくらかマシだった。 「女っつーか……ちょっと言い寄られたりしてて」 「え!?マジっすか!良かったじゃないですか、どんな人?てか誰?まさか社内恋愛!?」 「しーっ!デケェよ、声がっ!」 加古川を制止させようとテーブルから身を乗り出したところで、食堂の入り口がざわっとしたのと同時に、女性社員の悲鳴のような歓声も聞こえてきた。 ーーえ? まさかまた、上条がきた? 俺は、いつだかにも感じた雰囲気を感じとり、加古川と共に入り口の方へ視線をやった。 すると、そこには。 「ーーお疲れ様。営業部の柚原、それに加古川だったな」 「………!?しゃ、社長!?」 ビシッと決まったビジネススタイルでまっすぐに俺と加古川のテーブルに向かってくる、上条社長の姿があった。 ***** 上条社長の登場は、社員食堂にいる全ての人間を驚かせた。 「社長!?な、なんで食堂なんかに!?」 「ヤダーっヤバイ、スーツスタイルが決まりまくっててカッコよすぎる~~」 「っていうか、あのテーブル誰?あの人たちに用があるの??」 ざわざわと雑音が右から左に流れていく。 俺も加古川も言葉が出ないでいると、社長は俺たちの本日のランチを見ながら言った。 「よく利用するのか?ここは」 「えっ?あ、はい!移動時間ないし、低価格なのにボリュームあるし……助かってます!」 加古川が元気よく答えると、社長は頷きながら微笑んだ。 「それはなにより。もしなにか改善してほしいことがあれば、いつでも言ってほしい」 「あ、ありがとうございます!」 「……さて、俺が今日ここに来たのは……」 社長はそう言いながら俺を見た。俺だけを見て、視線を外さない。 「柚原。少しいいだろうか」 「……あ、はい」 「では、ついてきなさい。悪いな、加古川」 「え!?あ、いえいえ俺は大丈夫です……けど」 加古川はちらっと俺を見て「大丈夫ですか?」と訴えてくる。 まったくもって大丈夫ではないが、こんな大勢の前で社長に呼ばれて断れる人間がいるだろうか?いや、いない。 「……行ってくる」 「あ、はい。あ!トレーは俺が片付けておきますから」 「ありがとう」 加古川に片付けを頼み、俺は歩き出す社長についていった。 ***** 社長室に呼ばれた。社長室に入ることなんてほとんどない。 「あの、社長……」 「今日の夜、俺と蒼也ときみで話す予定なのはわかっているな?」 「…………はい」 仕事のことではないと覚悟していたが、やはりそれか。俺は心臓がドキドキしてきた。 「月曜の夜……蒼也はきみに抱きついたが、そういう行為はしていないと言った。きみはそれに応えて抱き締め返しただけだと。……それは本当か?」 「え?」 社長はデスクの椅子に腰掛けながらそう聞いた。 ………上条がそう言ったのだろうか。 確かに行為はしていない。 していないが……キスはしたし、正直に言うと抜き合った。……ってこれ言ったらアウト? 上条がそう言ったのなら話は合わせておこう。 「そうですね。……そういうことはしてません」 「………そうか。蒼也は、きみに告白して返事待ちだと言っていた。今日で4日目だ。答えはでたか?」 「……あの、上条くんにも今日答えをほしいと言われましたが、……その、まだ4日しか経っていませんが……」 え?こういうのって普通最低でも一週間くらいくれない?しかも土日すら挟んでないし。考える時間、全然なかったんですけど?? 「引き伸ばしたら答えが出るのか?無駄だな。今、出ない答えがもう一週間経ったところで急に出るはずがない」 「……それは、わからないですよね……」 「数学の問題を解いているわけじゃないんだ。蒼也のことが好きか嫌いか、付き合えるか付き合えないか。考えてわかるのか?色恋沙汰なんて、頭で考えるだけじゃないだろう。身体や心で感じ取るものだ」 俺は社長のデスクの目の前で固まった。 ………え、そうなの?そういうもん?? だってさ、女性と付き合うわけじゃないんだぜ。相手、部下で、男で、御曹司だし。 ………考える時間、くれよ。必要だろ。 「えっと、今日の夜……もし俺が『まだわからない』という返答をしたら、どうなるんでしょうか………」 俺は、後半消え入りそうな声で聞いた。 社長は椅子の上で腕組みしながら、鋭い瞳を俺に向けた。 社長、というよりは、上条蒼也の親として。 「まだわからない、は、蒼也とは付き合えないと同義として受けとる。蒼也にも、そのことは伝えてある。きみは、蒼也の恋人になるか、ならないか、二つに一つだ。保留はない」 「……………もし、ならないと答えたら、なにかペナルティ……はありますか?」 つい、そう口をついて出た。随分、失礼な問いだったかもしれないと、口にしてしまってから後悔した。 だが、社長は口元をゆるく緩ませ、静かに、どこか嬉しそうに答えた。 「失恋した相手の側にいさせるのは、あまりにも蒼也がかわいそうだ。親の勝手と言われてもいい、蒼也は部署異動させる。……きみには特別なにも言い与えたりはしないから、安心しろ。蒼也の告白を蹴ってくれるなら、きみは蒼也がくる前の、平穏な生活に戻ることができる」
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