side 柚原光輝

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それはまるで、そうしてくれという社長からの願いに聞こえた。 「柚原さん、この資料、合ってますか?」 「うん?……あぁ、大丈夫。いいよ」 「ありがとうございます。ではこれで先方に提出しますね」 ぺこ、と頭を下げて、上条は俺に礼を言った。 まもなく定時になる。 そしたら、上条とともに社長宅へ向かい、俺は返事を返さないといけないわけで…… まだわからない、は通じない。ハッキリと、上条と付き合いたいと言わなければ、来週から上条は俺の隣からいなくなる。 きっともう、同じ会社であっても会えることはほとんどなくなる………。 そんなことを考えていたら頭痛がしてきた。 いや、マジで………気持ち悪い。 俺は、デスクで頭を抱えた。 やがて、終業を知らせるチャイムが鳴って事務所内はざわめき始める。 「じゃあ柚原さん、お疲れさ……って、柚原さん!?」 「えっ」 目の前に座る加古川が立ち上がりこちらをみたとき、俺の名前を呼んだ。隣からは上条の視線を感じる。 え?ちょっと待て。俺、なんかもしかして、変? 山笠部長の声が聞こえたところで、俺は意識が途切れた。 ドサッと倒れた自分の音にも、まったく気づかずに。 ***** ……あーくそ。なんでこんなめんどくさいことになったんだ。 大体、意味がわからん。なんで社長はあんなに上条に対して過保護すぎるんだ。23歳の男だぞ?女ならまだしも、男なら自分でなんでもできるようにならなきゃダメだろ。……あ、でも上条は仕事は文句無しに出来てるな……逆に、なんでだ。 俺のこと好きとか、抱いてほしいとか、それも意味わからん。上条なんて、俺と違ってモテる外見も中身も持ってんだから、普通にかわいい彼女とか作ればいいだろ。なんで俺なんだよ。 上条が理解不能なことを言うから、俺は今、こんなに乱されてる。 「……柚原さん!」 「…………あ……上条?」 「!よ、かったぁ………気づきました?」 目を開けると、白い天井が見えた。ここは?ベッドの上? 俺が頭が追い付かずにいると、上条は、仮眠室のベッドです、と言った。 「病院、行きますか?頭どうです?」 「……いや、大丈夫。え、俺、倒れたの?」 「はい。つい先程、部長が運んでくれて。外せない来客がきてたので今しがた戻っていきましたが……」 「……そ、そうか」 「ほんとに今、まだ数分くらいしか経ってませんけど、どうします?司馬に病院まで送ってもらおうかと………」 病院?そんなとこより行かなきゃいけないとこがあるんだろ? 俺は、気づいたらパシッと上条の腕をつかんでいた。上条は少し驚いたように、寝転ぶ俺を見下ろしてきた。 「………上条さん?」 「……社長の、前で………お前に返事しないと」 「!……いや、今日はいいですよ。そんなことよりやっぱり病院行きましょう。まだやってるから」 「ダメだ。……ハッキリ、させないと、……お前、いなくなるんだろ」 「ーーーえ……?」 上条は、なんのことだ?という顔をしている。そうか、俺が断ったら異動という話までは聞いてないのか。 上条のぴくっと揺れる腕を、俺は自分の胸元に引き寄せるように引っ張った。 「柚原さんっ?」 「……ふざけんなよ、お前……。勝手に俺の隣に来て、勝手に告白してきて、勝手に触ってきて……で、最後は勝手にいなくなるのか」 「?いなくなる、ってどういうことですか?俺は」 「今日、昼休みに社長に呼ばれたよ。まだ考えたいって言ったら拒否された。付き合う一択じゃなければ、もう俺をお前の教育係から外すって」 「え!?」 上条はかなり動揺した様子だ。本当に知らなかったのか。 というか俺は……なんでこうして上条を引き留めるようなことをしているんだろう……。こいつの告白を拒否すれば、全部なかったことにして、穏やかな前の生活が手に入るのに。 「ふ……」 「柚原さん、」 「なんだかな……よくわかんねぇけど、お前が俺の隣からいなくなるって、考えたら……寂しいな」 「………あの、」 「好きとか嫌いとかさ……正直まだ全然わかんねぇんだわ。だって俺、男好きになったことねぇし。誰かから告られたこともないし……。展開急すぎてついていけてない」 上条は、腕を俺につかまれたまま前屈みになって、俺の話を聞いていた。 ちらっと見るといつもの無表情で。……だからお前さ、読みにくい顔してんじゃねぇよ。 「柚原さん、……父のことは俺が止めますから。まだ時間が必要なら、待ちます。とにかく今日は、病院行きましょう」 「………そうするかな」 俺がそうぼそっと呟いたら、上条は少しほっとしたような顔をした。 そして、「じゃあ司馬のタクシーで送りますね」と言い、俺から腕を離そうとした。 ーーそれを、俺は。 グイッと自分の元へ引き寄せて、止めた。 「………っ!?ゆずは………っ、ん!」 ーーなんでた?なんでだろう。 最後までしてないけど、ベッドの中でそんな真似事したから? 俺は、上条の後頭部に手を回し、自分の唇に合わせるように上条の顔を引き付けて、キスをした。 あんなことしてしまったから、このままこいつを手放すのが惜しくなったのか。 「……ん、は……っ、ゆ、柚原さ」 「………っ」 「……びょ、病院………」 上条の瞳に熱がこもる。俺は何度か唇を合わせ続けた。上条は、逃げなかったが、動揺しているのか少し身体が震えていた。 やがて、顔を離し、一呼吸置いた。 「病院、行くよ」 「…………はい」 「金曜日だから、そのあと、ちょっと遅くなるけど、約束通り社長にも会う」 「!え……いや、でも」 俺がそういうと、上条は不安げな顔をした。 ……なんだ、そういう顔もできるのか。 俺は身体を起こし、ベッドから起き上がって、そんな部下の頭をぽん、と撫でた。
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