96人が本棚に入れています
本棚に追加
「柚原くん、御曹司のお世話係になったんでしょ?どうなの?」
社食を食べようと社員食堂に上がったところで、同期の吉江梨沙にバッタリ会った。
吉江は企画部で同じフロアなので姿はよく見かけるが、ふたりで話すのは久しぶりだった。
ランチを注文して、ふたりで受け取り空いてる席に座る。
「どうもこうも……こっちの気は休まるときがねぇよ。常に社長といる感じ……とまでは言わないけど、それに近い」
「あちゃー、大変だね。いつまで営業にいるんだろう?」
「さあ?社長からは、特に期限は言われてない。一応正式配属らしいし……」
今日のランチの照焼きチキンを食べながら、俺は、まいった、という顔をした。
「でも、仕事はちゃんとやってるんでしょ?ほら、次期社長になる前にちょろっと各部署を回っておけ、とかそういう感じじゃなくて?」
「それな。仕事については文句のつけようがない働きっぷりだから、余計に。営業部長の山笠さんがめちゃめちゃ褒めてるし。俺、営業1年目のときなんて怒鳴られてた記憶しかないのに」
「やっぱり優秀なのかなぁ~さすがだね」
吉江がコップを持ちながら言う。
「女子社員には人気だけどね。イケメン社長の息子はやっぱりイケメンなんだーって。まあ、社長よりちょっと無愛想かな?丸いメガネがそれを助長させてるけど、柚原と比べたら大分整った顔してるわね」
「うるせぇよ」
どうせ俺はイケメンでもなんでもない。勉強やらせても平均だし、運動の方ができたけどずば抜けて優秀だったわけでもない。
ザ・平均だし、短髪にややツリ目だから、初対面で喋る前だとやや警戒されることもある。が、俺はそれを自分のトーク力である程度切り抜けてきたわけだが。
そのとき、一瞬食堂内がざわついた。
なんだ?という顔で吉江が入り口を見たのでつられて俺も振り返る。
そして、ぎょっとした。
「上条!」
入り口には上条がランチを注文しようとして迷っている姿があった。
通りすがりの女子社員数人が、声をかけようか迷っているようだ。
俺は慌てて上条の側に近寄った。
「お前、どう……!どうしました?」
「柚原さん」
俺に気づいた上条は、食券販売機を指差しながら言った。
「ランチを頼みたいんですが、こちら使っていいんですよね?」
「……いいけど、え?上条、ここで食べるの?社長は?」
研修中の半年はフロアも違い、食堂も使えなかったはずなので休み時間をどうしていたのかは知らないが、少なくとも営業部に配属されてから1ヶ月、昼休みはいつも社長に呼ばれていたはずだが……。
上条は俺を見ながら、「いえ」と続ける。
「先程の電話で、今日からの昼休みは好きなように過ごすように、と。営業部に来て1ヶ月経ちますし、社員との交流も大事だからと」
「……………へぇ」
丸々1ヶ月、自分のもとへ来させていた息子を今度はいきなり放り出すのか。極端だな。
社長の考えがいまいち理解できないが、上条が来てしまったのは事実だ。俺は、食券の買い方を教えランチを受け取らせると、ひとまず自分と吉江のテーブルに誘った。
「わっ、ちょっと柚原。ここに連れてくるのねっ」
「悪い」
「お疲れ様です。営業部の上条です」
「え、うん、知ってるわ。私、企画部の吉江です。柚原くんとは同期で」
「そうなんですね」
今の今まで噂話をしていた張本人の登場で、吉江は少し罰の悪そうな顔をしながら、空いてる席に誘導した。周りからは若干の視線を感じるが……仕方ない。
「食堂は初めてか?」
「はい。研修中は、基本的に同期の皆さんと集まって食べることになっていましたし、昨日までは社長に呼び出されていましたから」
上条はそう言って、いただきます、と照焼きチキンを食べ始めた。
吉江は俺を見たあと、スマホを覗きこみ立ち上がった。
「あ!あ~、同僚から連絡が!なんかトラブったみたい。申し訳ないけど、私、先に失礼しますね」
「えっ、吉江……っ」
「大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫大丈夫。多分。上条さん、ゆっくり食べてくださいね。じゃあ、柚原……くんも、また」
吉江はトレーを持ち上げるとそそくさと行ってしまった。……大勢の前で視線を向けられることが耐えられなかったのか。あいつ、そういうとこあるよな……。
吉江とは逆に、誰に見られてようが堂々と社員食堂でランチを食べる上条を横で見ながら、俺はつい口が出た。
「……悪いな、吉江が」
「いえ。途中でお邪魔してしまったのは俺ですし」
「……そうか」
「柚原さんも申し訳ありません。俺のせいで、注目の的にしてしまって」
「!……いや、俺は、大丈夫……」
注目、されているのは承知の上か。
上条が社長の息子だということは、入社初日からまったく隠すことなくむしろ堂々と社長から全社員に伝えられた周知の事実だ。
上条の同期は十数名いたはずだが、同期からもやはり少し遠慮がちな接し方をされていたらしいし……。
父親がそこそこ名の通った会社の社長で、その会社に入社した息子。
どう考えてもコネ入社なのは一目瞭然。その上、社長から溺愛されてるともなれば、一部では嫉妬や怒りを買うこともあるだろう。
だが、それは本当に一部でおさまっており、大体の人間が上条蒼也に対して少しの緊張と遠慮があるだけで特別攻撃的ではなかった。
それには、社長、上条光介の人柄や気配りがあるのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!