side 柚原光輝

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社長の上条光介は、人当たりもよく外見もよく、まあなんというか息子である上条蒼也のことを除けば、文句の言いようのない人だ。 社員の意見をよく聞いてくれるし、職場環境が悪ければ改善してくれる。病気になったり介護や育児の必要な社員には相応の対応をしてくれるし、福利厚生もちゃんとしている。 そして、世の中、大体普通は、会社員にはボーナスが支給され、それは会社によって回数や金額や支給方法は異なるが、この会社では特段珍しくもない夏と冬の年2回、普通に査定され、働きに見合った分が振り込まれる。 が、そのボーナスとは別でこの会社では、2年に一度、売上がその年度目標を上回ったときのみに支給される特殊な報酬がある。 それは、自身の希望するものやことを伝え、社長自ら選定し社員に還元するものだ。 この報酬は、原則『現金以外』。 噂によると、炊飯器や乾燥機、パソコンといった家電から、趣味のDVDフルセット、ペットのお世話グッズ、会社で必要なスーツや鞄……と、様々なものがリクエストされたらしい。一応上限額はあるみたいだが、詳細は不明。 それから、定かではないが社長とふたりで飲みに行きたい、デートしたい、など、物品以外のリクエストを出す社員もいるとかいないとか。……そんなことはないと信じたいが。 そして支給が決定した年度末は、その話題でお祭りのようになるのがこの会社の特徴だった。 成績が良ければ、この年度末は対象年度になる。まもなく11月。あと5ヵ月でどこまで会社の成績を上げられるかが鍵だ。 「柚原ー、お前さ、もうちょっとどうにかならない?この数字」 バサッと書類を投げ出され、俺はそれを見た。営業部長の山笠に呼ばれデスクまで寄ると、開口一番そう言われる。 「あぁ……すみません。ここ、専務が変わったばかりでなかなか納得してもらえなくて。営業担当にはウケがいいんですけど」 「ん~専務なぁ。頭固い奴かぁ?まいったな」 「ーーあの、それ俺が連絡してみましょうか?」 え、と声の方を振り向いたら上条が立っていた。山笠は少し驚いたように上条を見る。 「上条?なにか策があるのか?」 「策というか、C社の新しい専務、矢場さんですよね。俺、小さい頃、よく遊んでもらったので知ってます。父の……社長の友人なので」 「えっ?」 社長の友人?……と、遊んでもらったの? 俺と山笠が目をパチパチさせていると、上条は机にある書類を手に取った。 「矢場さん、社長にライバル心があるみたいなので素直にこの数でオッケーだせないだけですよ。俺がなんとか話してみます」 「上条、お前……」 「いいのか?いや、営業部としては助かるが……そんなことさせて」 上条は俺と山笠を見ながら、メガネをカチャとかけ直し、ふっと笑った。 「なにを今更。使えるものは使う。それが俺のモットーです」 ***** こっえぇ~~っ 御曹司怖すぎる。 上条は宣言通りC社の矢場と話をつけ、大幅に営業成績を上げた。 山笠を始め、営業部員からは称賛を浴びた上条だったが本人はそんなことで照れも驚きもせず、至って冷静だった。 冷静に、俺の隣で仕事をしている。 「ありがとな、上条」 「え?」 「C社の件……俺が力及ばなかったばかりに」 「大丈夫です。久しぶりに矢場さんに会ったらびっくりしてました。話が通じて良かったです」 にこ、と一瞬、上条は笑みを浮かべた。 社長はいつも愛想がいいが、上条はそこまでではない。どちらかというと無表情が多く、声を出して笑っているところは見たことがなかった。今みたいな微笑みも、珍しい。 「あー……あのさ、上条」 「はい」 俺は手を止めて、上条を見た。 「社長が昼休み解禁したなら、飲み会もオッケーか?大分遅くなったけど、お前の歓迎会したいなと思って」 「………歓迎会」 「あ、やっぱり社長がオッケーしねぇか?お前、大事にされてるもんな。仕事終わったあとはいつも直帰だろ」 上条には、定時に合わせて専用のタクシードライバーが会社の裏口にきていることを、大体の社員は知っていた。なので簡単に飲み会なんかに誘うこともできずにいた。 「無理にとは言わねぇよ。もし聞けたら社長に聞いといて。やるとしても営業部内だけかな」 「………わかりました。ありがとうございます」 上条は、少し考えた素振りをしたあとそう言った。「無理すんなよ」ともう一度、上条を見て言ったとき、上条の耳元が少し赤くなっているように見えた。 「……上条?」 「あ、いや。大丈夫です。聞いてみます」 「うん」 そしてまたパソコンに向き合った。 ……しかし、大変だな。23歳にもなって好きに飲み歩きもできないなんて。 社長には社長の考えがあるんだろうが……。 俺はそんなことを考えながら、また仕事に戻った。
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