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「柚原さーん、今日飲みに行きません?」
「加古川。珍しいな……お前から誘ってくるなんて」
週末になった金曜日の定時過ぎ。帰る支度をしていたところで部下の加古川に話しかけられた。
「俺、今度大学の友達とキャンプ行くんすよ!柚原さん、アウトドア詳しいでしょ?教えてもらいたくて~」
「キャンプ?いいな。よし、俺のオススメグッズ教えてやる」
俺は鞄にさっさと荷物をしまい、立ち上がった。そして、隣で電話を切ったところの上条に声をかけた。
「上条。それで今日の仕事終わるか?」
「はい」
「じゃあ、また来週だな。お疲れ様」
「ーーー柚原さん、」
加古川の方へ回ろうとしたところを、くいっとスーツの端を引っ張られ止められた。
え、なんだ?
俺はゆっくり振り返った。
「……どうした?なにかわからないことでも?」
「あ、いえ……。その、加古川さんと飲みに行くんですか」
「え?」
そう呟いた上条の言葉に、近くにいた加古川が反応する。嘘をつく理由もないので、俺は肯定した。
「あぁ、いつも行く飲み屋かな」
「………」
「?」
「……あ。あれですか?もしかして上条さんもキャンプに興味あったり??」
加古川が少し遠慮がちに上条にそう聞いた。
上条はハッとした顔をして、俺のスーツから手を離した。
「……すみません。キャンプ、は興味ありますけどそうじゃなくて」
「……もしかして、一緒に飲みに行きたい、とか?」
俺がそう聞くと、上条はカァっと頬を赤らめた。
え、マジ?
だってお前、いつもすぐ帰るじゃん。いや、すぐ帰るよう言われてるのか、強制的に。
この間、社長に聞けたら聞いてと言った歓迎会の件は、社長から却下されたらしい。昼休みはよくても就業後はまだダメだと。
そう、とても申し訳なさそうに謝られたばかりだが……。
「……俺は全然構わないんだけど……」
「あ、俺もっすよ?」
「………」
「でも、いいのか?専属タクシーが待ってんだろ?」
俺がそう聞くと、上条はメガネに手をやりながら続けた。
「そうですけど、今日、父は泊まりで家に帰らないんです。あまり遅いとマズイですけど、少しくらいなら……その、司馬もわかってくれると思います」
司馬、というのは専属運転手の名前らしい。
俺は加古川と顔を見合わせた。
加古川が小さく頷いたので俺は上条に言った。
「……じゃあ1時間くらい、夕飯食べるってことで一緒に行くか?」
「!いいんですか」
「上条が俺たちが連れ出したことを口外しないなら、いいよ。な?加古川」
「そっすね~。毎日どこにもいけないとかストレス溜まりまくるっしょ。念のため会社から近いとこにしますか。運転手さん待ってるし」
加古川はスマホをいじりながらそう答えた。それを見て上条が少し嬉しそうな顔をする。
俺と加古川は先に会社を出た。そして、裏口で運転手と話を付けた上条がくるのを待つことにした。
*****
会社から近い半個室の居酒屋に入った。
「あの、急にすみません。俺がお邪魔してしまって」
「気にすんな。お前もう23だろ?社長が息子大好きなのはいいけど……歓迎会も断られるとはな。ちょっと衝撃だった」
「なのにこんなとこに連れ込んで、柚原さんも悪いことしますね~。社長の耳に入ったら、ただじゃすまないかもっすよ?」
「げ、マジで?」
「そんなことには俺がさせません、大丈夫です」
上条はタッチパネルのメニューを新鮮な眼差しで見ている。加古川がやり方を教えながら。
「上条さ~ん、あなたもしかして、こういう居酒屋初めて?」
「あ……はい。こういう大衆向けの場所は……」
「大衆……。いつも、どんなとこ行ってんの?ほら、学生時代とか?」
加古川が若干呆れながら聞くと、上条は「すみません」と言いながら答えた。
「社長とはいつも自宅か、完全個室の料亭です。大学の頃も厳しい門限がありましたし、飲み歩いたりしたことはありません。友人を誘うときは、自宅に招いて過ごすくらいで」
「………わぁお……聞いてるだけで、ぞわぞわする……!」
俺には無理、と加古川が全力で首を左右に降った。いや、それは俺でも無理だ。自由がなさすぎる。
「……社長の悪口言うつもりはないんだけど、その、過保護っぷりは昔からずっとなのか?」
俺は、注文してすぐに出てきた飲み物を受け取り、加古川と上条に回しながら聞いた。
俺と加古川はビールだが、上条はウーロン茶だ。
「……中学生になったくらいから、ですかね」
「中学生?」
「……母が、亡くなってからです」
上条は「暗い話ですみません」と頭を下げた。
上条の母、つまり上条社長の奥さんは、大分前に交通事故で亡くなっているというのは、わりと知られていた。
まあ、社員の誰かがわざわざ言いふらすことはないのだが、上条が入社してきたときに一時期その話が出たくらいだ。
「悪い、上条。プライベートなことを聞いて……」
社長だってあまり知られたくないはずだ。
俺は大袈裟だけど、知ってはいけない秘密を知ってしまったような気分になった。加古川も同様のようだ。
「あのっ、俺も柚原さんも誰かに吹聴したりしないから!その、すみませんでしたっ」
「いや、そんなこと思ってません。……俺がこの会社で、どういう風に思われているかはわかってるつもりですから」
上条は少し笑いながらそう言った。そして、話題を変えるよう、加古川が行く予定のキャンプの話を切り出した。
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