side 柚原光輝

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ーーその日は突然やってきた。 「柚原、呼び出しだ」 「………はい?」 営業部長の山笠が厳しい顔をしながら、朝一番にそう言った。 加古川と上条と、飲みに行った金曜日から土日があけた月曜日。 出勤早々、俺は山笠にそう言われた。 「……呼び出し、とは?」 「社長だ。身に覚えはないか?……上条のことだ」 えっ。 まさか、金曜日に飲みに連れ出したから? あの日結局1時間半ほど話して、上条は先に帰っていった。俺と加古川はその様子をかわいそうだなという視線で見送りつつ、その後終電近くまで飲んだわけだが……。 「………まさか、俺、クビですか?」 「はぁ?クビになるようなことしたのか?あの上条に?」 山笠は、金曜日のことは知らないようだ。 俺は内心すげぇ焦った。 上条が告げ口したとは思いたくないし……だとしたら誰が?あ、もしかして上条専属の運転手か? 俺が冷や汗をかいていると、山笠はこそっと言葉を付け足した。 「今日の定時後、裏口に回れとの指示だ。迎えの車がくるらしい」 「えっ、車?れ、連行されるんですか、どっかに……」 「さあな……ちなみに今日、上条は体調不良で休みだ」 「……マジですか。あの、部長、それって、俺だけ……ですよね?」 山笠は頷きながら「他に誰かいるのか?」というので否定しといた。 俺は山笠から心配な目で見られながらも、デスクに戻る。 「おはようございまーっす」 するとそこへ、共犯者のはずの加古川が出勤してきた。俺はすかさず奴の首根っこを捕まえて廊下に連れ出した。 「えっ、え!?なんすか、柚原さん!?」 「……ヤバいことになった」 俺は今しがた部長から聞いた話を加古川に伝わると、加古川は顔を青くさせた。 「そ、そ、それってヤバいやつじゃ?バレたんですか?飲みに連れてったこと」 「…………かもしれん。運転手か、他に誰か社員に見られたのか………」 「……でも、あの、呼び出しは柚原さんだけ?俺は……?」 廊下の隅っこで。 俺は加古川と目を合わせパチパチした。 ドキドキしているであろうかわいい部下に向かって、俺は上司らしく答えてやった。 「大丈夫だ。お前のことがバレていても、全部俺の独断ということにしといてやる」 ***** ーーーとは、言ったものの……… 怖い。怖すぎる。 まさかいきなり解雇されたりはしないとは思うが、社長は息子のこととなると、時々思ってもみないことをする。 定時後、裏口に来てみたら、山笠の言う通り迎えのタクシーが待っていた。 「柚原さんですね?どうぞ」 「………どうも」 運転手は、司馬と名乗った。いつも上条の送迎をしている人だ。 俺は大人しく車に乗り込み、口を開いた。 「あの……俺、どこに連れていかれるんでしょうか?」 「社長と、蒼也さんの自宅にお連れするよう指示を受けています」 「社長の自宅!?」 びっくりして大声を上げると、司馬はシートベルトをしながら小さく笑った。 「大丈夫だと思いますよ。柚原さんがなにか罰を受けるために呼び出されたわけではないはずです」 「え……?」 「金曜日の件は、私は口外していませんから、社長は知らないはずです」 「……………すみません、疑ってました」 俺がそういうと司馬は、あははと笑ってから車を出した。 さすが運転のプロ。非常に快適に車が走る。 「蒼也さん以外をお乗せするのは久しぶりです」 「そうなんですか?」 「はい。会社の方を自宅にお招きするのもとても久しぶりだと思いますよ」 ……そうなのか。久しぶりなのに俺が行ってもいいのか……。 車は20分程で止まった。目の前には、社長の自宅という高級マンションが。 「……マンション、高っ……」 「社長宅は45階のフロア全てです。エレベーターでお上がり頂けば入り口に係の者がいますので、お話しください」 こちらを、と言って司馬から『入館許可証』なるものを受け取って車を降りた。 ………どんだけ厳重な警備なんだろう。 俺は言われた通り中に入り、エレベーターで45階に向かった。 ***** エレベーターを降り、受付のようなカウンターで名前を言うとすぐに理解された。 「こちらでお待ちください」 と、美人な受付嬢?と思われる人がホテルのロビーみたいなところに案内してくれる。 ………場違い極まりない。 俺みたいなただのいち平社員が、来てもいいところではないと思うのだが。 ドキドキしながら待つこと数分ーー。 カツ、と誰かの足音が向こうの曲がり角から聞こえて振り向くと、そこには、上条社長の姿があった。 「ーーーあっ、」 社長を直に見るのは、久しぶりだった。思わず身体が硬くなる。俺は椅子から立ち上がって頭を下げた。 「お、お疲れさまです、社長。柚原です」 「…………」 社長は、頭を下げる俺の前に近づいてきている……気配はするのに、返答がない。 数秒待ったが、社長が話すことがなかったので俺はゆっくり顔を上げた。 「………あの?」 そうして、目が合う社長は、自宅だというのにバッチリ高級スーツを着ていて、整った顔立ちと少しパーマのかかった長い髪が目元で揺れながら、俺を見ていた。 「営業部の柚原光輝。久しぶりだな」 「は、はい……」 「うちの蒼也が世話になっている」 「いえ、……今日、上条……くんは、体調不良と聞きました。大丈夫ですか?」 俺がそう聞くと、社長はネクタイに手をかけながらゆるく頷いた。 「心配ない。身体は元気だ」 「そうですか」 「……ただちょっと、心がな………」 ーーー心? 俺が少し眉を潜めると、社長は俺に向き合い、はっきりとした口調で言った。 「この土日から、蒼也はきみの名前ばかり言っていてな。柚原光輝、きみは独身だったな?しばらく蒼也の側にいてやってほしい」 「………………は?」 いま、なんて? 俺は社長の言葉の意味がわからず、思わず間抜けな声が出た。社長はそんな俺に二度、同じことを言った。 「営業部の歓迎会参加を許可しなかったことを、大分根に持たれているようだ。……きみに自由に会えなければもう会社に行かないと頑なになっている。……あんな蒼也は初めてだ」 社長は心底困ったような顔をしながら言った。 「……えっと、つまり俺はどうしたら……?」 上条が社長に反抗的になっている、ということはわかった。だがしかし、側にいる、とは?会社では部下だから常に一緒にいるし、これ以上どうしろと……。 困惑する俺を前に、社長は衝撃的なことを口走った。 「一度、蒼也と寝てやってくれないか。あいつは、きみのことをそういう風に思っているみたいだ」
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