side 柚原光輝

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俺、柚原光輝は、正直モテない。 今まで付き合った女は2人。大学生のときと、社会人になってから。2人とも最初は俺に興味はなかった。だが、俺が割りと強引に押して付き合った。だから、大学生のときの彼女はまだしも、社会人のときの彼女には悪いことをしたと思ってる。深く結婚のことを考えず付き合ってしまって、少しの間ではあるが彼女の時間を奪ってしまった。 そんな俺の数少ない恋愛歴はあれど、これまで一度足りとも男に言い寄られたことはない。神に誓って言える。俺は、結婚願望こそないものの至ってノーマルだ。……のはずだ。 「あ、……あの、すみません社長。仰っている意味がよく、わからないのですが」 「そのままだ。……俺も驚いている。柚原、きみは特別報酬の際も、これまで決して欲深い願いは書かなかったな。たしか、文庫本が一冊欲しい、とか、食券の10枚綴りが欲しいとか、その程度のことで」 「……………よ、よく覚えてますね」 は、恥ずかしい……。そんなこといちいち覚えているのか。100名以上いる社員の中のひとりなのに。 「皆がある程度高い願いを言う中で、なんて欲のない男だと記憶していた。調べてみたら、営業成績はそこそこ、勤務態度もそこそこ、趣味はアウトドアで健康的。結婚歴もない。女性関係の悪い噂もない。蒼也の教育係を決める上で、きみは真っ先に名前が上がった」 「………そう、だったんですか……」 「だから、まあある程度安心して任せられるかと思ったんだ。営業部長の山笠からも、きみの変な話は聞かなかったしな」 「………」 だが、まさか。 と社長がそのキレイな顔の眉間にシワを寄せながら言う。俺は、ドキッとした。 「蒼也が、俺にここまで反抗的になるのは初めてだ。この土日、『柚原に会わせろ』の一点張りでまったく動こうとしなかった。仕方がないので、今日、きみに来てもらったというわけだ」 「………話はわかりましたが、その……俺は、上条くんの期待に添えるような男では……」 「俺だってそうだ。蒼也の初体験を男のきみに奪われるくらいなら、いっそ俺が奪ってやりたいくらいだ。それくらい、蒼也は俺の宝物だ」 …………いや、ちょっと待ってくれ。 今なんかこの人、恐ろしいことをさらっと言わなかったか?? 俺は冷や汗に加えて動悸がしてきた。しかも上条は『初体験』とは?マジなのか? 社長はそこまで言うと、盛大なため息を吐いた。そして、恨めしそうな目で、俺をみる。 「とにかく、だ。柚原光輝。今から蒼也の部屋に通す。明日からあいつを普通に出勤させるよう説得してくれ。きみとは……きみのみだが、致し方ないので、自由に会えるようにしてやると。そして……苦渋の決断ではあるが、蒼也が望むなら、きみとの性交渉を許可しよう」 「!?ちょっ………社長!?なんでですか。苦渋の決断って。そんなこと堂々と許可されても困ります!」 「仕方ないだろう………蒼也が、きみを好きでそうしたいというなら。……俺は、できるだけあいつの望みはなんでも叶えてやりたいんだ」 ええぇぇえ!? ちょっとちょっと待て!それって優しさなの?親としての優しさなのか!? 相手が女性ならいざ知らず……俺、男だけど!いいの?あんた、親として、社長として、それでいいの!? 俺の脳内は混乱に混乱を極めていた。 だが、社長はもはや覚悟を決めたように「蒼也を頼む」と言っている。 ……いやいや、頼まれても。頼まれても困るんですけど!大体、上条はなんで俺なんかと!? 「ーー社長、お話中すみません、そろそろ取引先との夜間会合のお時間が……」 「あぁ、わかった。すぐ行く」 先程受付をしてくれた女性がやってきて、社長にそう伝えた。社長は、代わりにその女性に、上条の部屋まで俺を案内するよう命じると、「では、頼んだぞ。今日は遅いのでここに泊まるのを許可する。明日は司馬が会社まで送るので心配ない。後日、詳細を確認する」……と言い、行ってしまった。 「……………嘘だろ」 俺のそんな呟きなどなかったみたいに。 受付嬢は微笑みながら、俺を上条の部屋まで案内した。
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