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「ーー柚原さんっ!」
部屋に入ってすぐ、上条は俺に近づき名前を呼んだ。受付嬢はそれを確認すると、「お飲み物お持ちしますね」と言って穏やかな顔で部屋を出ていった。
広い部屋。家具はシンプルだけど、どれも高級そうだ。
俺は初めて訪れる社長の息子の部屋をキョロキョロしながら眺めた。
「……すげぇ部屋」
「すみません、急に来て頂いて……。まさか、来てもらえるなんて思ってなかったので、先程鈴村さんから内線もらってびっくりしました」
「鈴村?」
「あ、さっきの女性です。長いこと、この家の受付をしてくれています」
ソファー、座ってください。
と、言われたので大人しく従った。
……ふっかふか。なんだこのソファー。
横になったら絶対寝るやつだ。
「………今日、体調不良だって言うから皆心配してたぞ」
「あ、すみません。……ちょっと気分が優れなくて。でもあの、もう大丈夫ですから」
上条は慌てたようにそう言った。
……こいつ、社長が俺にどこまで話したのか知らないのか?
すると部屋のノックが鳴り、先程の鈴村という女性が飲み物と菓子をトレーに乗せ持ってきた。
「ありがとう、鈴村さん」
「いいえ。本日、夕飯と入浴はどうされますか?」
「あぁ……柚原さん、この部屋で食べてもらえますか?」
「えっ?い、いいのか?」
「勿論です。ご用意しますね」
にこっと笑って鈴村がそう言った。そのあとになにやら俺が泊まる前提で話が進む……。
「来客用のシャワールームを使われますか?」
「うん、お願い」
「かしこまりました。ご用意しておきます」
「………シャワールーム……?」
来客用?そんなもんがあるの?
俺は思わず目が点になる。
鈴村は他にもいくつか確認すると、静かに扉を閉め出ていった。
夕飯の時間は20時頃になるらしい。……あと1時間弱か。
「月曜日から、すみません。あの、柚原さん」
「え?あ、えと、なに?」
上条は喋りながら俺の隣に座った。……意外と距離感近いな。
先程社長に言われた言葉をつい思い出してしまう。
「……さっき、社長……父と話したんですよね?」
「………………そうだな」
バレてた。そりゃそうか。
俺は左隣に座る上条の顔を見れなかった。丸いメガネの下から覗く瞳が鋭く映りそうで。
「じゃあ……聞きました?俺が、柚原さんのことどう思っているか……」
「……!」
ぐっ、と。
腰掛けるソファーが弾力で沈んだ。
上条が右手を俺の隣まで近づけ、ソファーの表面を押す。
ーーー近い。
ここまで近寄られたら、逃げられない。
上条の顔を見ると、相変わらずの無表情だ。
読みにくい顔してんだよなぁ、こいつは、ほんとに。
さっきの社長は喜怒哀楽分かりやすかったのに。いや、いつもの喜と楽はなかったな。怒と哀だけだったか。
「………上条」
「はい」
「社長から……たぶん、大体全部、聞いた……」
「……そうですか」
「……お前、正気?その、…………俺と、寝たいって」
回りくどいのは好きじゃない。得意でもない。
俺がストレートにそう聞くと、上条は肩で息するように目を見開いたあと、少し顔をそらした。
「………そうですね。そう思ってます」
「なんで?……あ、いや。別に俺は、そういうの気持ち悪いとかは思ってないんだけど。でも、まさか自分の身に起きることとは、思っていなくて………俺、男好きになったことなんて、ないぜ?」
「……でしょうね、わかってます。それは」
「………わかってて、なんで?」
近い距離感、そのままで。
上条の社長に似てる、整った顔がよく見える。
「父から……教育係として柚原さんを推されたときから、……いえ、その前から気になっていました」
「………え?」
「2年に一度支給される特別報酬のことは知ってますよね?」
「あぁ……」
「特別報酬制度は、社員の皆さんにお礼をする意味合いが一番強い制度です。父は、普段の皆さんの働きに感謝をこめて2年に一度、プレゼントを送るような気分でやっています。入社する前から、俺はその事務作業を手伝っていました。皆がそこそこ高価なものを頼んだり、時には父自身を求めたりする中で、柚原さんだけがそうではなかった」
上条がそう話すのを俺は真隣で聞いた。
「……いや、俺はたまたまそのとき欲しいものがなくて。……っていうか、社長を求める、って、それ……」
「知ってますよ、俺。女性社員の中には、父に気持ちがある人もいる。父は、ふたりで食事までなら、社員の願いということで受けていたみたいです」
「………そうなのか」
入社する前からってことは、上条がまだ学生の頃から?父親のそんな話を聞くのは、さすがに良い気持ちにはならないだろうに。
「……大変だったな。その、気持ち的に……」
「いえ。それくらい。……でも、そんな中、柚原さんは違って、どういう人なんだろうとは
思ってました。父も、どうやら同じようで」
「今……社長にも欲がない、と言われたよ」
俺がそう言うと、上条はクスッと笑った。
……会社で見るより、キレイだ。キレイ……に見えた。
俺はその感想にびっくりして、思わずソファーから立ち上がった。
「確かに!俺は、そういう意味じゃ欲がないのかもしれないけど……いつもそういうわけじゃない」
「……というと?」
上条が座りながら顔を見上げてくる。
「……だから、その、社長に頼むようなことはなくても、人並みの欲求は、ある。……食欲も、物欲も………」
「……睡眠欲とか、……性欲も?」
「!!」
上条は、恥ずかしげもなくそんなことを言った。俺は目をそらす。なんなんだ、こいつ。なんでこんな話になったんだっけ?
俺が立ったまま固まっていると、上条もスッと立ち上がった。
「柚原さん」
「…………なんだ」
「今日、良かったら試してみませんか」
「……え?」
試す?なにを?
俺が上条を訝しげに見つめると、上条は俺の右腕にそっと指を伸ばしてきた。
「!上条」
「……食事が終わってシャワーを浴びたら、……一緒に寝室に行ってくれますか?」
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