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夕飯は、豪華だった。文句無しだ。ホテルディナーみたいだった。
シャワールームも来客用にしか使っていないというには信じられないほどの設備で驚いた。上条は、通常通り自宅の風呂に入るといっていたが……風呂場は更にヤバいことになっていそうだ。逆に見てみたい。
先に出たようで、俺が戻ったときまだ部屋に上条はいなかった。ひとまず俺はまたふかふかのソファーに座った。用意されていた水を一口飲んだ。
ーーさて、これからどうする。
上条が戻ってきたら、本当に一緒のベッドに入るのか?
時刻はまもなく22時……明日はここからなら8時出発でいいらしい。いつも自分のアパートからは、7時前に出て電車を乗り継いでいるので随分楽だが……。
そんなことを考えていたら、ガチャと部屋のドアが開いた。上条が着替えた姿で入ってくる。
「お疲れ様でした、柚原さん」
「あ、あぁ……ありがとな。飯にシャワーまで、助かった」
「いえ、突然すみませんでした。明日はタクシーで会社まで直行しますので、ご安心を」
少しだけ湯気で火照って見える上条が、また俺の隣にやってくる。そんな姿を見ていたら社長の言葉がまたよみがえってくる。
『蒼也と寝てやってくれないか』
ーー普通、親が言うセリフか?
俺は上条と距離を取るように後退りした。
「………上条、あのさ」
「はい?」
「さっきの……マジ?その、一緒に、寝るって」
ただ、一緒のベッドで横になるだけだよな?
と、俺が明るく言うと上条はきょとんとした顔をしたあと、ふふっと笑いだした。
「そうですね。最初は一緒に横になりましょうか」
「さ、最初は?」
「そのあと、……俺、たぶん柚原さんにくっついてしまうと思うので」
「えっ!?」
「好きなんです。総じて、柚原さんのこと。だから、同じベッドに入ったら、したくなります」
上条はそう言って。
なんの覚悟もない俺に向かって堂々と告白してきた。
*****
男と寝る。
………そんなことが、俺の人生で起こるなんて。
いや、いやいや待て待て。まだ起こっていない。まだ、起こりそう、というだけだ。
「……柚原さん、大丈夫ですか?」
「な、なにが?」
「一応、布団は来客用のものに変えてもらいましたけど、枕とか気になります?」
「いや……俺は別にどこでも寝れるから」
大丈夫、といって俺は広いベッドに入った。
上条のベッドだというが、普通のシングルベッドではない。下手したらダブルよりデカイ。これで一人用?金持ちはすげぇな……。
この部屋に社員を招いたことはないというが、下手したら給料上げろ、と言われるぞ。
まあ……俺はそんなこと言わないと思われて、泊まるのを許可されたんだろうが……。
俺が横になりふかふかの布団を被ると、上条も本当に入ってきた。遠慮はない。そりゃそうか、ここはそもそも上条のベッドだ。
「…………」
しばらくお互い無言だったが、耐えられずに俺は咳払いしながら、上条に背を向けるように横を向いた。
「柚原さん」
「……寝よう」
「え?」
「……やっぱり、無理だ。いきなりこんな……今日はひとまず寝ないか。お前の気持ちは……ちゃんと考えるから……」
そういう俺に上条は、数秒無言だったが、少しして、動く気配がした。俺がその気配に気づいた次の瞬間、ぎゅっと後ろからお腹周りに手を回され抱きつかれた。
「!?上条っ」
「………すみません、柚原さん」
「な、……なんだ、」
「突然、困りますよね。俺から……告白なんかされて」
「……っ困る、っていうか。いやだから、俺は想像もしてなかったことで……びっくりして。考える時間がほしい、というか」
「じゃあ時間があれば、俺のこと好きになってくれますか?」
「は、はぁ?」
なに言ってんだこいつ!意外と引かねぇんだなおい!
俺は、社長に頼まれた手前、冷たく突き放すこともできずにいると、上条はそんな俺の腹に回した手をそろそろと動かし、指を服の中に入れてきた。
「ーー!?う、わっ!上条!?」
「……柚原さん。言い忘れてたことが」
「!?な、なんだよ」
「俺、実はかなりせっかちなんです。時間は無駄にしたくない。待つとか苦手なんです」
「………な、なにを」
「だから、ちょっと……俺が触りますから、柚原さんは感じててくれませんか。一度、ね?」
か、感じてて、って……!?
俺はびっくりしながら振り返ると、すぐそこに上条のキレイな顔があった。
「あ」と声が出たのは一瞬で、次の瞬間には唇が重ねられていた。
「!?ーーんー……っ!」
ま、待ってくれ!なんだこれ。キスされてる!?
慌てる俺の思考は回りきらずにショート寸前だ。上条は角度を変えながら唇を押し付けてくる。とても軽いキスとは言えない、深いやつで。
「は……っ、あ、」
「柚原さん……」
「……あ!?上条!ま、マジで!一回待て!!」
俺が全力で叫ぶと、上条はそこで一度動きを止めた。
なんだこれ、なんで俺が攻められてるんだ。
おかしいだろ!!
上条は横になって俺を見たまま動かない。
「……待ちました。いつまで待ちますか?」
「……っ、今日は、やらねぇって……なにも。落ち着いてくれよ」
「無理です。あ、大丈夫ですよ、俺、柚原さんを抱くつもりはありません。……抱いてもらいたいので」
そう言うと上条はまた手を動かし始めた。
ーーヤバい。ヤバいだろこれ。
上条が触れる部分があつくなる。だって、こんな風に誰かと抱き合うの、久しぶりだ。
やがてぞくぞくした感覚が俺を襲う。
上条が俺の下の方に手をかけたところで、俺はガバッと上体を起こし、上条の両手首を掴んでドサッとベッドに仰向けに押し付けた。
「………っ痛」
「……!あ、…………いや、悪い」
少し顔を歪ませた上条を見て、ハッとする。
なにしてんだ、俺。社長の息子だぞ。こんな手荒なことして、バレたらどうなるか……。
別の意味でドキドキし始める俺を見透かすように、上条は仰向けになったまま、ふっと笑った。
「大丈夫です、これくらい。……嬉しいです」
「…………っあのな、上条。俺は……」
「押し倒したんだから、このままおあずけ……ってことはないですよね?」
「は……!?」
「今日、最後までしなくてもいいです。でも、キスしたり……触れ合いたい。それくらいなら、してもらえますか?」
上条はそう言って、俺の首に腕を回してきた。
丸いメガネから見える眼光は、悪魔のそれか。
くそーーなんだっていうんだ、本当に。
俺は社長に言われた言葉を頭の中で繰り返しながら、上条蒼也の誘惑に、打ち勝つことができなかった。
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