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「やっぱりいい名前ですよね、熱寿って」
「おまえの発音は、ひいとじゃなく、ヒートテックのヒートにしか聞こえない」
「またそれ! 僕は大和ですよ、ほら呼んでみてください」
新人がわざわざポケットからスマホを取り出す時点で、俺に脅迫するのが嫌でもわかる。
「や、まと……」
「なんですか? ヒート先輩っ♡」
「俺の名前呼びをやめてくれ。あまり好きじゃないんだ」
明確な理由をつけてやったのに、新人は瞬きを数回してから小首を傾げる。
「先輩の性格を表しているような、とてもいい名前なのに?」
「嫌いだと言ったろ。それに俺らは仲のいい友達じゃないんだし、先輩後輩の間柄ということで、名字呼びにしてくれ」
「前に言ったでしょ、僕の名字はお父さんを連想させるって。せめて僕を呼ぶときは、名前で呼んでください!」
ああ言えばこう言う。先輩にたいして、言うことをきかないヤツじゃないのは、コイツの面倒を見ている林から情報をもらっている。
(――どういうことなんだ? 俺にだけ、こんなワガママを言ってるのだろうか?)
ジト目で新人を見上げた瞬間、例の写真を画面に表示させたスマホをまざまざと見せつけられた。しかも黒い笑みを、頬に滲ませながら。
「先輩は断れない立場なのに、僕にワガママを仰るんですかぁ?」
「ワガママなのは、どっちだ……」
美味しいタバコが不味すぎて、大きく吸った後に灰皿に押しつけ、火を消した。
「すみません、そういうふうに育ったもので。だったらこうしましょう」
新人はスマホをポケットに戻し、偉そうに右手の人差し指をぴんと立てる。
「仕事中は先輩のことを、島田先輩と呼びますが、ふたりきりのときは、ヒート先輩って呼ばせてください」
「俺はおまえを大和と呼ぶのは、デフォルトだというのか?」
「そういうことです。お願いしますね♡」
こうして、変な決めごとが新人からなされたせいで、朝からどっと疲れてしまったのだった。
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