23人が本棚に入れています
本棚に追加
***
喫煙所から戻ると上司が出勤していたので、新人を挨拶に向かわせた。すると部署にいる面々に集まるように声かけがなされ、上司と新人のふたりと顔を突き合わせることになった。
「えー皆も知ってのとおり、このたび第一営業部と今年初の合同プロジェクトをする。その関係で第一営業部より、花園くんがわざわざウチに手伝いに来てくれることになった。挨拶してくれ」
上司に促された新人は、爽やかな笑みを唇に湛えて、首を動かしながら俺らの顔を見つめる。
「第一営業部の新人、花園大和です。いろんな部署を見て回りたいと父に頼んだところ、第二営業部を紹介されました。どんな仕事でも全力でやり遂げる所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします!」
プラスチックレンズの奥の瞳を細め、人あたりの良さそうな笑みを全面に見せつけてから、腰を深く下げて丁寧におじきをする新人の姿は、部署のヤツらにいい印象を与えたであろう。
(ケッ、猫かぶりなのにもほどがある……)
「花園くんの面倒は、基本島田が見てくれることになってるが、手が足りないときは遠慮なく、彼を頼ってくれ。今日も一日よろしく!」
上司が締めの挨拶をしたので、各々自分のデスクに戻る。
「島田くん、島田くん!」
弾んだ声をかけながら、親しげにワイシャツの袖口をくいくい引っ張る社員に、仕方なく振り返った。そこには滅多に話しかけてこない女子社員の加納さんがいて、瞳をキラキラさせている姿が目に留まる。
彼女が俺に話しかけたことについて、瞬間的に理由を悟れたのは、間違いなく新人がらみだと考えついたから。
「なんですか?」
俺よりひとつ上の加納さんに、ゲンナリした心情を見せないように返事をした。先輩にあたるからこそ、きちんと接しなければならない。
「早速なんだけど、花園くんを貸してくれない? プロジェクトでこれからお客様が増えるでしょ。お客様が来たとき用の、茶菓子関連の買い出しに行くのよ。荷物持ちしてほしくて」
「わかりました。おい、大和!」
上司となにか喋っている新人を呼んだら、大きく瞳を見開き、嬉しげに口角をあげる。あまり周りの注目を浴びたくなかった俺は、手招きで早くこっちに来るように促した。
「ヒート先輩、なんですかぁ?」
そこまで距離は離れていないというのに、新人が部署に響き渡る大きな声で返事をしたせいで、俺に向けて一斉に視線が集まるのが嫌でもわかった。
「おまっ、声がでかい。ちゃんと島田先輩と呼べ」
駆け寄った新人に注意を促したのに、悪びれた様子もなく、メガネのフレームをあげながら微笑まれてしまった。
「すみません~。先輩の顔を見たら、ついいつもの調子で呼んでしまいました」
「いつもの調子ってなんだよ。俺たちはそこまで仲良くないだろ」
「なに言ってるんですか、あんなこと僕にしといて、仲良くないなんて……」
自身の上着のポケットに触れた新人の手が、意味深にそこを撫でる。喫煙所のやり取りで、ポケットに入っている物がわかっているゆえに、俺のセリフを見事にとめた。
「島田くんってば、隣の部署の花園くんとなにかあったの? すごく仲がいいじゃない」
先輩の加納さんに新人が例の写真を見せて、頬を引っ叩いたことを知ったら、まず間違いなく理由はどうあれ、叱られるであろう。
新人が目の前に登場してからというもの、彼女の視線は俺よりも新人に注がれ、うっとりとした感じで眺めている時点で、俺が白でも黒で見られる可能性が大だった。
「や……そこまで仲はよくないんですけど」
(クソっ、イケメンってだけで、俺との扱いが全然違いすぎるだろ)
俺を見る加納さんからの視線は、羨ましがるような、妬みみたいなものを時折飛ばされた。そのせいで、言葉をうまく続けることができない。
最初のコメントを投稿しよう!