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ノートPCの電源を立ち上げ、データを受信している画面を、ニヤケないように必死になって見つめる。
(――あのヒート先輩が大和って、僕のことを名前呼びしてくれるなんて!)
しかも部署に響き渡る声量で呼ばれたのは、すごく凄く嬉しかった。まるで僕がヒート先輩の所有物みたいな感じに聞こえてしまったのは、恋をしてるせいなんだけど。
胸元を利き手で押さえながら、振り返ってコピー機を直す先輩の背中を眺めた。テキパキ両手を動かして作業している様子は、手馴れているように目に映る。
「カッコイイな、ヒート先輩。ずっと見ていたい」
そんな僕の願いも知らずに、ノートPCがデータを全部受信してしまったので、古巣に帰らねばならない。
「大槌先輩、何部コピーしたらいいでしょうか?」
「150部頼む!」
「承知しました、第一営業部に行ってきます!」
僕が使える新人ということを知ってもらうべく、手際よく動いてみたものの、ヒート先輩の態度はあまり変わりなくて、正直なところガッカリしてしまった。
「ヒート先輩にだけ、褒められたいのにな」
肩を落としながら第一営業部の扉を開けると、教育係の林さんが怪訝な表情で僕を見る。
「花園くん、どうした?」
今日から第二営業部で仕事をはじめた僕が、ここに戻って来たことで、なにかやらかしたと心配したのかもしれない。
「第二営業部のコピー機が故障してしまったので、こちらのコピー機を使わせていただけませんか?」
「あーそういえば第二は、ここのお古のコピー機を使っていたっけ。今は誰も使ってないし、遠慮なくコピーしたらいい」
林さんの隣にある自分のデスクに着席し、ノートPCから印刷の指示を出した。
(新人として、印刷されたものを150部にまとめて、ホチキスしたほうがいいよな)
「花園くん、このほかに仕事をやらせてもらっていないのか?」
机からホチキスを取り出す僕に、林さんは声をひそめて話しかけた。
「最初は買い出しの荷物持ちを頼まれたんですが、コピー機の調子が悪いのを見て、自主的にここに来ました」
僕のセリフを聞いた途端に、林さんが苛立った様子で舌打ちする。
「買い出しの荷物持ちにコピーなんて、花園くんのやる仕事じゃないって。第二営業部のヤツは、なにを考えてるんだ」
「僕はなにもできない新人ですので」
「第一営業部は、エリート集団なんだ。わざわざこちらから出向いてるのに、花園くんを顎で使うとか、生意気にもほどがある」
差別と思える言葉を吐き捨てたことに不快感を表すべく、眉根を寄せて訊ねる。
「第一がエリートなら、第二はなんですか?」
「エリートのアシスタントみたいな感じだよ」
「エリートのアシスタント……」
(こんなふうにわけられているなんて、知らされていなかった)
「最初は一緒に仕事をしていたんだけど、足を引っ張る社員がいるせいで、仕事の効率が悪いって、今の上司の先輩たちが、上に抗議したみたいなんだ」
怪訝な顔の僕を見、林さんは流暢に説明した。
「それは互いに助け合って、仕事をすれば良かっただけの話だと思いますが」
「俺が入社した時点で別れていたからさ、どんな感じなのか正直わからないけど、助け合い以前の問題だったんじゃないかな」
「そうですか……」
「書類、まとめるの手伝おうか?」
「大丈夫です。これは僕が頼まれた仕事ですので、林さんは自分の仕事を進めてください」
不毛な会話を終わらすべく、椅子から腰をあげてコピー機に向かう。静かな音を立てて排出される印刷物を漫然と眺めながら、第二営業部の様子を思い浮かべた。
ここで使っていたお古のコピー機に、ほかにもいくつか古めかしいものがあるのを、実際に目にしている。だけど――
(第一営業部の足を引っ張るような社員がいるように、どうしても思えないんだよな)
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