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(5)
「ねえ、デイジー。わたくし、もうすぐお嫁に行くのよ。どこへ嫁ぐか、知っているかしら」
「海の向こうの島国であったかと」
「本当は妹が嫁ぐ予定だったわ。でもあの子は、すっかり水を怖がるようになってしまった。今でも船には乗れないわ。だから、わたくしが代わりに嫁ぐことになったの。そして妹は、わたくしの代わりに砂の国に嫁ぐのよ」
ぽろりと異母姉の目から涙がこぼれるのが見えた。精霊持ちの王女たちは政治の駒として利用される。それでも彼女は、本来の嫁ぎ先であった砂の国の王子に好意を持っていたのだろう。
(ジギスムントは、砂の国の王子さまに少しだけ似ているのだわ)
けれど、だからと言ってデイジーもジギスムントを手放してはやれなかった。そもそも、ジギスムントは物ではない。異母姉には理解できないことのようだったが、デイジーの一存で受け渡していい存在ではないのだ。
(それに、ジギスムントは私の大切な家族。彼がいなければ、私はここまで生き延びることはできなかった)
ジギスムントの物言いが王の怒りを買ったこともあるが、精霊を生み出せないデイジーは、年々待遇が悪くなっていった。部屋はどんどん日当たりの悪い場所に追い出され、ただの小屋同然。使用人ひとりつけられない。果ては日々の食事にも困るありさま。それでも畑を耕し、木の実を集め、魚を釣り、獣を捌くことをここまで楽しめたのは、ジギスムントが側にいてくれたからだ。
それに彼は、先ほど言ってくれたではないか。精霊王への義理立てでも、ましてや命令による服従でもない。自分の意思でデイジーの隣にいるのだと。
「舟遊びの件は不幸な事故だ。責任をデイジーに求めるのは無理がある。そもそも、再三注意を促したはずだ」
ジギスムントの言葉を無視し、異母姉はデイジーに詰め寄った。
「ねえ、わたくしにジギスムントを譲ってくれないかしら」
「申し訳ありません。お断りいたします」
「これは、お願いではないの。お前はただ『はい』とだけ言えば、それでいいのよ」
その瞬間、抱えていた黄金の卵を叩き落とされる。黄金の卵がどれだけの強度を保っているかはわからないが、普通の卵であれば一瞬で砕け散るだろう。慌ててデイジーは黄金の卵を助けるために跳びだし、床に滑り込む。
そのとき異母姉にぶつかってしまったのは本当に偶然だったのだ。まさか彼女がよろけて近くの大理石の柱に額をぶつけることになるなんて。
割れずに済んだ黄金の卵を握りしめたデイジーは、異母姉の顔から真っ赤な血があふれ出すのをただ呆然と見つめていた。
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