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「新しい暮らしはどうだ」
「少し驚いたけれど、とても楽しんでいるわ。連れてきてくれてありがとう」
「デイジーが黄金の卵を親父に返したからこそ、できたことだ」
デイジーは今、精霊の国で暮らしている。てっきり隣国かどこかへ連れていかれるのだろうと思っていたデイジーは、予想外の事態に目を丸くしていた。しかし、思った以上に歓迎され、結果的にこの国に根を下ろしたのである。
「でもまさか黄金の卵が、精霊の国と人間の世界を繋ぐ扉になっていたなんて」
「あの卵がないときは、しょっちゅう気に入った人間をこちらの世界に連れてきていたらしい」
本人たちはよくても、残されたあちらの世界の人間から見るとただの誘拐だ。それを防ぐために、黄金の卵を作り、最も波長の合う精霊一体だけがあちらの世界に滞在できる仕組みを作り上げたのだそうだ。
「それにしても、ジギスムントが精霊王のご子息だったなんて驚いたわ」
「精霊に人間の爵位なんて関係ないからな。貴族ではないと答えたことで、平民の人間扱いになるとはおもわなかった」
「聖獣に任せずに黄金の卵を運んできたのは、誠意の表れだったのに。伝わらなくて残念ね」
少しだけ憂いを帯びた表情のデイジーの髪をそっと撫で、ジギスムントは考える。
最初のあのやり取りで、どういう人間かは見当がついた。大切な精霊王の愛し子が、あんな場所にいていいはずがない。きっと彼女は搾取され続ける。だから、精霊たちは卵を割ることはなかったのだ。そもそも高位の精霊であれば、黄金の卵など使わずとも、人間の世界に滞在することくらいできるのだから。
精霊たちから見限られ、すっかり落ちぶれたかの国を思い出し、彼は密やかに嗤った。
「寂しくはないか?」
「ジギスムントがいるもの。それに精霊王さまも、他の精霊たちも。家族に囲まれていたら、寂しくなんてないわ」
デイジーの返事にジギスムントが少しばかり不満げに唇をとがらせた。
「『家族』ってデイジーはさっきから言ってるけど。俺はデイジーの兄とか弟とかになるつもりはないから」
「えっと、どういうこと?」
「つまり、こういうこと」
くいっと顎を持ち上げると、ジギスムントはデイジーの唇を奪ってみせた。
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