ブラックバンク

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 神奈川県某所にあるインターナショナルスクールC。  この学校では休職制度と寮制度が導入されており、学内にある給食室では、平日の昼食だけではなく寮生活者の朝夕の食事も調理していた。  今回、わたしこと御爾(おに)柳(りゅう)は提供された情報を確認すべく深夜のCに忍び込んでいた。  いわゆる不法侵入にあたるので取材方法を表沙汰には出来ないが、灘一族が関わっている事案の裏取りのためにはどうしても危ない橋を渡らざるをえない。 「意外と手薄ね」  事前に手に入れた地図を元に給食室前にまで到達したわたしは忌憚のない意見として呟いていた。  ここまでにあったセキュリティらしいものは入り口にいた門番くらいのもの。  敷地を囲うフェンスは足がかりもなく高いとは言え、わたしには登れない程ではない。  そして監視カメラの類はスコープで見る限りそれほど多くなかった。  カメラは外からの侵入者を見張るためのもので、内側に入ってしまえばほとんど見受けられない。  生徒のプライバシーに配慮したのだろう。  わたしのような不届き者には好都合な状況に気に緩みを引き締め直して給食室の鍵をこじ開けた。  使っている鍵は一般的なシリンダー錠だったので技術と知識があれば難しくない。  中に入り調理室を抜けた先にある個室。  事務所のような場所に目的のノートは隠されていた。  一見すると変哲のない簿記用ノートだが疑いの目をもって中身見ると確かに怪しい。  この学校の生徒数は約300人。  それに対して一日あたりの仕入金額は概ね100万円。  仮に教職員等を含めた関係者全員の食事を三食全て用意していたとしても一人頭1000円なので、給食の食材原価だけにしてはあからさまに高い。  その理由は一日ではとても使いきないほどに大量の食材を仕入れているからで、これが一週間かそこらの期間の食料をまとめて支払った結果による出納ならまだしも毎日の支払いである。  裏金を作るための粉飾かあるいは別の目的があるのか。  とりあえずブツは手に入れたので、あとは帰って原稿をまとめつつ怪しい出納のからくりを探ろうか。  そう考えていたわたしの手の中にあったノートを誰かが不意に引っ張った。 「⁉」  無理に抗って破くのは不味いと直感して力を緩めた刹那、わたしの手からノートは消えていた。  感じ取った力の向きに目を向けると、その先には生暖かいモノがある。  誰かがいる。  どうやらわたしは迂闊にもノートに気を取られていたようだ。 「こんな時間にこんなところで、何をやっているんだよお姉さん。勝手に忍び込んでイケないんだ」  振り向いたわたしにかけられた声は声変わりしたかしないかという幼い声。  ライトを当てると10メートル近く離れた給食室の入り口に声の主はいた。  わたしはシラを切って逆に少年を諭してみる。  あの位置からわたしの手の中にあったノートを奪える時点で普通の子供ではないと知りながら。 「わたしは警備員だよ。キミのほうこそ寝付けないからと真夜中の散歩か? 寝坊をするから早く部屋に帰って寝ておきなさい」 「警備員? だったらコレは何さ。給食室から帳簿を盗んで何が警備員だよ。これじゃまるで泥棒じゃないか」 「だったらどうする気さ。わたしの事を警察にでも付き出すつもり? それともキミがこの学校における警察の代わりなのかな。漫画だとそういうぶっ飛んだ権限を持つ風紀委員が出てきたりするけどさ」 「フフフ……似たようなモノかな!」  右手でノートを持ちながら左手の指を少年が鳴らすと、わたしの手首をつかむように手錠が出現して腕を取る。  鎖ではなくロープが繋がった先は天井を這う配管のようで、急に出現した手錠に引かれたわたしの両腕は自由がない。  さきほどノートを取られたのもそうだが、これは間違いなく空間転移。  モノの位置を自在に入れ替えるテレポートと呼ばれるやつだ。  だが普通の女の子なら腰を抜かしそうな超常現象を見てもわたしは揺るがない。  伊達にわたしも「普通の女の子」からは程遠い女ではない。 (女の子だと自分で言う年齢か?)  とでも少年には思われていそうだ。  実際に彼がそう思っているかは別だが、学生のうちはハタチを過ぎればおばさん扱いだろうと考えれば、お世辞であろうとも「お姉さん」と呼ぶだけ彼はまだお行儀が良い。  こんな状況じゃなければ黄色い声の一つでも漏らしてもいいが、いきなりサイキッカーを差し向ける時点であのノートはよほど大事なモノのようだ。  どうやって奪い返そうか。  腕を取られても動かせる舌で唇をぺろりと舐める。 「先生に突き出す前に、お姉さんがどこから来たのか吐いてもらおうか」  ツカツカと足音を立てて歩み寄る少年。  ハッキリと見えていなかったその顔をよく見ると彼の肌は薄黒い。  インターナショナルスクールなので外国の血が入った子供が居ても当然だが、どうやら彼は俗に言うヒスパニック系のようだ。  素性の詮索はよろしくないがさきほどから操る流暢な日本語は彼がこの国での暮らしに馴染んでいるのを表しているのだろう。  それにしても「先生」か……  この少年を夜中に働かせるとは教師として恥ずかしくないのだろうか。 「おいそれと吐くわけにもいかないよ。だけどそうだなあ……キミの事を教えてくれたら考えなくもない」  仮に教えてくれても「考えるだけ」で吐くつもりはサラサラないが少し揺さぶってみよう。  いくら特殊な力を持っているからとはいえ、侵入者の対策にかり出されている時点で真っ当な生徒と教師の関係には思えない。  これではまるで世間を知る前のわたしのようだ。  肌の色が自分と異なる少年に、わたしは奇妙なシンパシーを感じていた。 「たぶんキミの元先輩さ」 「見え透いた嘘を言うなよ。僕はこれでもこの学校では古株なんだ。アンタみたいなヒトは見たことがない」 「嘘ではないさ。だけどそれは学校の先輩という話ではなく──」 「なっ⁉」 「普通とは違った能力を、誰かの言いなりになって使う世間知らずって意味だけどね」  わたしは少年の隙をついてそのまま近づいて床に押し倒す。  数メートルだが瞬間移動の使い手が瞬間移動かと見間違える動き。  飛ぶような踏み込みだが、押し倒された少年の身体に乗りかかる体重は見た目通りの可憐さで、ガッシリとしている彼よりもだいぶ軽い。  当然打ち付けられた背中へのダメージも無きに等しいのだが、彼はいくら身体に力を入れようとしてもわたしのことを振りほぞけないでいた。  まるで薄くて頑丈な板に押しつぶされているような圧迫感が彼の自由を奪った。
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