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(校長室……オイタをした生徒の次がいきなりトップだなんて、せっかちな学園だこと)
淡く光る気の線を辿った先にあった部屋は校長室で、ドアの前で線が途切れているということは誘いの主は中にいるのだろう。
もしかしたら待っているのは校長ではないかもしれないが、それはそれで名目上の上司に当たるであろう人間の専用ルームを縄張りにしているか、更に立場が上の人間が待っているわけなので気を引き締めよう。
このときのわたしは役職の高さ=戦闘力という、短絡的な考えでドアに手をかけた。
開けた瞬間に攻撃が飛んでくるのを見越して、開くとともに一歩下がる。
だがそこは取越苦労の様子なので、気を貼り直して中に入った。
コツンと靴が床を叩く音が電気がついていて明るい部屋に響く。
どうやら廊下とは床の作りが違うらしい。
その音に待っていた相手はわたしの来訪に気がついたのだろう。
彼はくるりと椅子を回して顔を見せた。
「ようこそわが校へ。給食室の帳簿を盗もうとするとはどんな泥棒かと思ったが……いやはや若いお嬢さんとは。非合法なアルバイトをするのは良くありませんね」
座っていたのは50歳くらいであろう男性。
黒いカッターシャツを着ていて、緩めたネクタイの隙間からはボタンを外して開かれた胸元がチラリ。
動きやすくするために緩めたのだろう。
「そういう貴方はこの学校の校長先生ですか?」
「ふふふ……わざわざ泥棒相手に答えるとでも」
「これでも記者ですので、相手がこの学校の責任者であればそれなりの対応をするのが礼儀かと。まあ……取材拒否なら仕方がありませんが」
「まさか、今宵の闖入は突撃取材のつもりですか。これはこれは。だからマスコミというのは苦手ですよ」
(当然ながら交渉決裂か)
相手が校長ならば記者として一つインタビューをしてからと思って敬語で接してみたのだが、流石に取り付く島もないようだ。
右手に握る扇子に少し力が入り微かに軋む。
「ですが……そもそも、記者ならば扇子よりもペンと手帳を握るべきでしょう。雇い主が何処かは存じませんが、アナタのような三流を雇うような会社には実力を見せるほうがよろしいか。下品な言い方をすれば──明日の朝刊、載ったぞテメー」
下品という前置きをしてから男がこぼした言葉はいまどき元ネタが通用するかわからない脅し文句だった。
その言葉を合図にして先に仕掛けたわたしの扇子を男が出した空気の奔流が遮る。
わたしは傷んでいた扇子に回転をつけて勢いよく投げつけたわけだが下手投げでは不充分か。
扇の面は穴だらけとはいえ扇子の骨は鋼鉄製だし、予め気をこめていたので投げナイフ程度の切れ味はあった。
だが先程少年を襲ったモノよりも更に鋭い刃が一度に多数迫ってきたとなればしょせんはナイフ程度なのだろう。
扇子を細切れにしても勢いはそのままに飛来する不可視の刃。
そのままわたし自身も切り刻まれそうで、それを見越しているのか男の口元もいやらしく右側が持ち上がった。
(喉、脇、腹……急所を的確に狙ってきている。一個一個を迎撃していたら間に合わない。こうなったら、一気にかき消してみせる)
右手の指先をを掻きむしるように曲げたわたしは大振りでそれを振り落とす。
「でえい!」
そんなことをしても無駄。
多少異能を知っていようとも市井の半端者など彼らに認められた実力者には無力と同意。
わたしの迎撃をそんなことを浮かべながら見ていた男の眼がカッと見開いた。
(無駄な足掻きかと思ったが私のハモニウスをかき消すとは。今のはやや変形しているが、まさか幻魔掌青式? では先程ジャクリーに仕掛けようとしていたのはただの催眠やサイコメトリーではなく白式という事になるのか? 多少は出来るとは思っての仕掛けだが……灘一族の秘打、幻魔掌の使い手は私の地位でも数えるほどにしか謁見できていないというのに)
「貴女は……誰だ?」
今放ったわたしの技を一目で見抜いたようだ。
男は灘の犬らしく困惑した顔でわたしにたずねる。
だが先に刃を向けて来たのは彼のほう。
なのでわたしは必要なことだけ答える。
「さっきも言った通り、しがない一介の女記者ですよ。なので怖がる必要はありませんよ。貴方が心配しているように灘の人間ではありませんから」
「フフフ……でしたら私も貴女を捕まえて彼らに差し出しましょう。今の技を出しておいて無関係とは言わせません。そうなると貴女は一族に逆らう跳ね返り娘。貴女を本家に連れていけば、雇われ校長なんて地位よりも更に上に行けるというものですよ」
(こいつ……結構野心家のようね)
野心が高いのならばわたしに帳簿を渡すという失態は避けるだろ。
餌を与えれば食いつく可能性もあるとはいえ、わたしには彼を釣れる材料はない。
やはりここは暴力で行くしかないか。
それにプライドが高いほうが周囲に失態を隠すと思えばこちらにも都合がいい。
「お互いにぶちのめすのが最善手か。わかりやすくて良いじゃない」
「ええ、その通りです。それに灘の血族であれば伊達にしても死にはしないでしょうから。私も全力で戦えるというもの。早速ながら夜の帳を降ろすとしようじゃないか」
男はそう言うとリモコンで部屋の灯りを消して、少しすると悪趣味なピンクライトに照らされた室内は異空間へと変わり果てていた。
この部屋が彼のための用意されたモノだと仮定すると予め仕込んでいたのだろう。
隠蔽と強化を兼ね備えた結界の中にわたしは誘い込まれていた。
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